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プロローグ
睡眠時間が譲渡出来るようになったこの世界では、眠ることは下級国民にさせる無駄なことの一つだ。
上級国民になればなるほど、彼らは殆ど眠ったことがない。かつての彼女もまた、そんな一人だった。
真っ白な海みたいなベッドに横になって、彼女は僕の手を握った。脳波をリラックスさせるゆったりとしたクラシックピアノの音に、さざなみのように穏やかに揺れる間接照明は暖色で心地いい。
「今日も私と一緒に眠って欲しいの」
僕は14歳の少年。彼女は18歳の少女。僕たちの関係が少し普通の人と違うのは、僕たちが代眠者と受眠者という睡眠時間を譲渡する特殊な関係であるところ。
そして彼女は少し前まで5歳からこの歳まで一睡もしていなかった。彼女にはいつも僕や他の代眠者が自分が眠った時間を提供していたのだ。
しかし、そんな彼女が「夢を見るために眠ってみたい」と言い出したのは数ヶ月前から。
ふかふかの羽毛布団に包まれて僕たちは目を瞑る。天井のサイネージの星が瞬く様子を瞼に焼き付ける。
「おやすみなさい......ヤス」
何度目かの逢瀬で、ミオは完全に眠りのコツを覚えた。もう僕が傍に居なくても眠ることができるだろう。
上下に揺れる胸を確認して、僕は絡めていた指を静かに放す。
「さよなら、ミオ」
これは、階級の違う僕たちが眠りと心を交わす物語。
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