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少なくとも、普段使われている文字ではない。彼は一目で判断した。
「壁――いや、結界の、魔法式……」
脳に浮かんだ言葉をぽつりと零す。
こことどこか、あるいはどこかとここを隔てる結界。そのための魔法が、目の前にある。
「気になりますか?」
それから間もなく、澄んだ声が辺りに響いた。ライネの声だった。
彼は振り返らない。壁に向けてふっと笑った。
「今日はずいぶん遅いんだな」
「ええ、今日は」
いつもはすぐ来るくせに、と言外に零す。
しかし、ライネは皮肉めいた物言いにも決して動じることはなかった。
「これはなんだ?」
「この空間と外を隔てる障壁です。ここの環境を維持するためにも必要な魔法です」
彼は壁から手を離し、傍らの木に視線を向ける。
思い思いに葉や枝を伸ばす姿にしがらみはなく、幹や根を見ても健康そのものだった。ここに生えている樹木の生命は全て輝いている。ライネの言うことは、あながち嘘でもないのだろう。
「しかし、たいそうなものを作ったな」
ため息交じりに吐き捨てたが、すぐに言葉が返ってこない。なぜ黙っているのか――疑問に思っていると、ライネは彼の傍に立った。そこに触れると、彼女と呼応するように、透明な壁に旧い文字が浮かび上がった。
「この障壁には、守るべき人を第一に考えた術式が組まれている。その方が心から守りたいと願った想いが」
ライネは旧い文字を見つめながらつぶやく。視線は文字にあるようで、けれどどこか遠くを見ているようでもあった。
「あんたが編み出したのか?」
「いいえ。ある方から教えていただいたのです」
意外な言葉だった。彼女なら作りかねないほどの力があるだろうに――彼は眉を寄せる。
しかしやはり、ライネの紡ぐ声は決して揺れなかった。
嘘をついている奴の顔ではない。お人好しなのか、それとも馬鹿なのか、もしやうまく騙されているのか。この数日、わずかな時間話した程度では、断言するにはまだ甘い。それに、そもそも治療についての詳しい話を聞いていない。
今だったら聞けるだろうか。彼はライネに向き直った。
ライネの長い髪が穏やかな風に揺れた。色素の薄い髪が、太陽の光に匂う。ふわりと風を含んだかと思うと、ライネと視線が合う。
「……もう時間ですね」
その言葉を理解した途端、彼の頭に靄がかかっていく。
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