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その日、彼は夢の中で魔法を操っていた。
子供の彼は魔法で様々なことをしてみせた。空を飛ぶ魔法、物体を宙に浮かせる魔法、物を動かす魔法。火や水を自在に扱う魔法。しおれた花を咲かせ、命尽きかけた樹木に生命力を与える。
誰もが羨む難しい魔法を、彼は楽々とこなすことができた。
周囲の大人達は彼を様々な目で見る。好意的な目で見る者もいたが、否定的な見方をする者も少なくはない。彼の力を利用しようと近づいてくる者もいた。
彼はやがて、人前で魔法を使うことを嫌うようになった。従兄弟の少年と、あの女の子の前を除いては。
彼は先日のように同じ場所で目覚め、そしてすぐにあの場所を離れた。
以前目が覚めた時と同じ行動だが、本日は行く場所を南に変える。すると、どこからか水の音が聞こえる。
ここには小川でもあるのだろうか、己の耳を頼りに、彼は音のする西方へと足を向けた。
歩くことしばらくして。
そこにあった川は、川というには頼りないほどに細いものだった。彼にとっては、やや大きめの歩幅で飛び越えられそうなほど。
しかし、水質はこれ以上ないくらい澄み切っていた。彼は川に顔を近づける。水面からは川底までくっきりと見えた。ここの水であれば、口に入れることを躊躇しないだろう。実際に触れてみたくなったが、彼は手を伸ばさなかった。この水を穢してしまうのではないかという恐れがあったからだ。
彼は手頃な岩に腰掛け、しばし川のせせらぎに耳を傾ける。
この辺りの木々の葉はどれも色が明るく、新緑の様子と似ている。その中にいると、自然と呼吸が深くなった。水の力のせいだろうか。普段目が覚めるあの場所も決して悪い空気ではないが、ここはまた違った意味で空気が澄んでいる。
……今日の夢は妙な夢だった。
彼は大げさにため息をつき、先ほどまでの夢を回想する。自分がまるで女にでもなったかのように、様々な魔法を使いこなしていたからだ。
エルフの国は代々女王が治める。であるから、エルフは女の方が立場が上だ。それは魔力の強さにも言えること。強い魔力を宿す者は女ばかりで、男は平均かそれ以下。膨大な力を持つ男は異端な存在だ。
無意識下の憧れだろうか。
人の気配を覚え、彼は静かに息をついた。
……いや、今はそれよりも。
「この間聞きたかったこと、聞かせてもらうぞ」
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