3人が本棚に入れています
本棚に追加
四度目ともなると、さすがに彼もライネが現れるタイミングがなんとなく分かるようになった。
「構いませんよ」
ライネは苔むした切り株に腰掛けた。彼と同じように川のせせらぎに耳を傾け、穏やかに目を細める。
「治療ってなんだ? 体の怪我じゃないんだろ」
「ええ、あなたの体は健康そのものです」
「じゃあなんだ?」
ライネは顔を上げ、彼の目を見つめた。
彼は動じず、続きの言葉を待つ。
「魔力です。あなたがここに送られてきた時、その魔力は無に等しかった」
彼は咄嗟に上半身を起こした。ライネに何か言おうにも、上手く言葉が出てこない。
彼女は変わらず、彼を静かに見据えていた。後ろ暗いことは何一つないと表情が物語っている。
彼もそれは理解していた。理解はできるが、すぐに納得はできない。魔力とは、エルフにとって命と等しいもの。元々の魔力の強弱に拘わらず、尽きてしまえば死ぬのだから。
どうしてそんな状態になっているのか。自分に何があったのか。そもそも、自分は今生きているのか。咄嗟に左胸に手を当てる。どくり、どくり、と、手を押し返すはずの感覚は遠い。
その実感が、本能的な恐怖を呼び起こす。思えば、ここに来てから、自分が生きているという感覚が恐ろしく薄いのだ。感覚にしても、記憶にしても。森の木々はやけに生き生きとしていて、この間触れたライネの手は信じられないくらいに温かくて。
――それに比べて、俺は。
「あなたは生きています」
鈴のように高く軽やかで、けれど芯の通った声がはっきりと響いた。
「私も生きています。だから、あなたも生きている」
混乱した彼の頭に、ライネの声が真っ直ぐに入ってくる。
「じゃあなんで、俺は……」
彼の口から出たのは、あまりにも感情のない声だった。
「魂の位置が、正常とされる場所から少しずれてしまっているだけ」
生気のない冷たい彼の目が、ライネを捉える。
「通常、魔力は魂から生み出され、魂もまたそれを纏っています。ですが、なんらかのきっかけで位置が逸れ、魂そのものも傷つき……。それが原因で魔力の流れが乱れ、魔力が尽きてしまったのではないかと」
「戻るのか、俺は」
「ええ」
治る、というよりも、戻るという言葉の方がしっくりくる。あえてその言葉を口にしたが、ライネは否定しなかった。
「あなたは自分を治すためにここにいる。だから、治ります」
最初のコメントを投稿しよう!