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その日、彼は同じ場所で目を覚ました。
青白い色と共に陽が昇り、その光を受けて植物がゆっくりと目覚めていく。最も生命力溢れる時間の中、彼は体を起こす。
目を擦りながら立ち上がり、森の緑を見回した。人の姿が見つからないかと注視しながら。
やがて、彼は頭を振った。
「……夢か」
夢の続きを現実に持ち込むとは。相当寝ぼけているようだと、自嘲気味に笑った。
彼は夢を見た。
小さな村にいる女の子の夢だ。長い髪の女の子だった。太陽のように眩しくて、自由で、よく笑っていた。
夢の中で、その子と自分は一緒に走り回っている。自分は付き合わされているような気持ちでいたが、女の子には決して不満も文句も口にしなかった。
楽しく幸せな夢だったのだろう、目覚めた直後であるが、嫌な感覚は残っていなかった。
男は足下に視線を落とす。一歩先には、白らしい花の蕾が、太陽を待つように頭を垂れていた。
今の状況も夢ならばよかったのだが、どうやら夢ではないらしい。男は眉間に皺を寄せ、大きなため息をついた。
昨日の記憶は曖昧だが、なぜか自分がこの非現実にいること、ライネという女に会ったことと、自分のことが思い出せない――いわゆる記憶喪失だということ、それだけは覚えている。
それに。彼は自分の手のひらを見つめ、先日と同じように手を動かしてみる。やはり感覚はなく、自分の手であるという意識は薄いままだった。
かすかな羽音が、やがて鳥のさえずりへと変わる。
彼が顔を上げると、視線の先の枝に一羽の鳥が留まっていた。遠目でも分かるほど黄色の体が美しい小鳥は、朝を告げるように軽やかな声で鳴く。それは木の葉を震わせ、森にあまねくその歌を響かせた。
それと共に、後方から土を踏む小さな足音がやってくる。彼はためらわずに振り返った。
「おはようございます。よい朝ですね」
同意のように、彼は軽く頷いて返す。
「ライネ。あんたに聞きたいことがある。ここはどこだ?」
「エルフの国の山奥――ですが、あなたが知りたい答えではないでしょう」
静観していた彼だが、ライネの言葉にわずかに息を飲んだ。
その喉の動きを見逃さぬ彼女は、悟らぬふりをして続ける。
「あなたを『治療』するための場所です、ここは」
「治療……だって?」
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