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状況を整理するように言葉を並べた後、ライネは彼の瞳を見つめる。瞳の奥の――もっと深いところを覗かれているような気がして、咄嗟に彼は左足を後ろへ下げた。
「あなたが今失っているものは、いずれ元に戻ります。水瓶の水のように」
彼は目を見張った。
ライネの言っていることが正しいのであれば、自分の記憶がないのは治療のためだということになる。だが、彼女にその話はしていない。こちらの事情をどこまで知っているのか。そもそも、自分はライネの知り合いなのか――。
言いたいことは山ほどある。聞きたいことだって、数え切れないほど。
けれどそれを口にする前に、彼の頭に濃い霧がかかった。先ほどまで深く眠っていたはずなのに、もう朝が来たというのに、ひどく眠たい。眠くて、眠くて、仕方がない。
体の体温の感覚がなくなる。頭がぼうっとしてくる。まぶたが重くなる。ただでさえ曖昧な体の感覚が消えていく。
消えて。
消えて、溶けて――。
問いかけることができぬまま、彼の意識は落ちた。
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