651人が本棚に入れています
本棚に追加
店員さんを呼んだ井口さんが俺の海鮮丼と、自分の分の天ざる蕎麦を注文する。その後もしばらく壁のメニューに目を奪われていた。いったい何種類あるんだろ。
「すごい数だろ? 客の希望に応えてるうちにこうなったらしいぞ」
「こんなにあったら毎日通っても食べ飽きなさそうですね」
メニューが書かれている紙は日に焼けて変色したようなものも、まだ新しそうなものもある。あの辺りは最近追加されたばっかりなのかな。……味噌焼きそばってなんだ? ソースとか塩ならわかるけど。なんかちょっと不安になってきた。
少しして運ばれてきたものは俺の想像とはあまりに違うものだった。メニューは文字だけだったから俺の勝手な想像といえばそうなんだけど、それでも海鮮丼と言われてこれを想像する人はいないだろう。
「ネタの量おかしくないですか⁉︎ これ間違ってないですよね?」
「合ってる合ってる。すげえだろ」
丼からあふれんばかりのネタは量もだけど種類も多い。それにあら汁まで付いてこの値段ってどう考えても値段設定おかしすぎるだろ。量を増やすことだけに力を入れて味は微妙、なんてことはないだろうな。ほんの少し疑いながら箸を口へ運んでみる。
……なんだこれ。信じられないくらい美味しい。お世辞とか冗談抜きで、今まで食べた海鮮丼の中で一番の美味しさだ。漁港に併設された店とかならまだしも、こんな山に囲まれた場所で新鮮で美味しい魚が食べられるなんて。
「店構えからは想像できない美味さだろ?」
その声で顔を上げると楽しそうに笑っている井口さんと目が合った。その表情に一瞬で心臓を握りつぶされたみたいになって、咄嗟に目を逸らしてしまった。
「井口さんも早く食べないと、天ぷら冷めちゃいますよ」
「そうだな」
次にまた目が合ったらせっかくの海鮮丼の味がわからなくなってしまいそうで、なるべく顔を上げないように食べることに集中し続けた。
最初のコメントを投稿しよう!