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「……あの、楽しくないわけじゃ、ないです……」
──でもダメだ。これ以上は言えない。まだ2日以上あるのに、こんなところで終わらせるわけにはいかないんだ。
「……そうか」
そう答えた井口さんの声は物憂げで、とても納得なんてしていないようだった。当たり前だよな、誰が聞いたって言い訳にしか聞こえない。……好きな人ができたなんて言わなきゃよかったな。今更嘘だったなんて言えないし、むしろそう言えば嘘をついてでも関係を終わらせたかったと思われるだろうから逆効果だ。いっそのこと相手に恋人ができたとか、振られたことにするか? でも振られた直後に楽しんで旅行してたらその方がおかしいか。このまま嘘をつき続けるしか────でも井口さんはさっき男から好かれてても問題ないって言ったよな。恋人にはなれなくても、嫌われることはない……? 言ってみてもいいのかな。でも、もし──。
「着いたぞ。ここが今日明日泊まる宿だ」
また自分の世界に入りかけていたところを呼び戻される。
なんとなく勝手に老舗のような旅館をイメージしてたけど、意外と新しそうな綺麗な建物だ。
建物の中に入り井口さんがチェックインの手続きをするのを少し離れた場所で待つ。
そういえばこういうところに泊まる時って住所とか名前書かなきゃいけないんだっけ。今あの宿帳には俺が知らない井口さんの情報が書き込まれている。
ここで待っててよかった。もし隣にいたら覗き込もうとしていたかもしれない。
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