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部屋を出て、先程仲居さんが教えてくれた夕食会場へ向かう。
「旅館の食事って部屋でするものだと思ってました」
「まあそういうとこも多いけどな。ここはオーダーバイキングなんだ。せっかくだから好きなものだけ気にせず楽しめた方がいいだろ」
バイキングか。ホテルだとそういうとこ多いけど、旅館でもあるんだ。
「確かにそうですね。旅館の食事って量多いイメージあるし、苦手なものがあったりもしますしね」
「お前何が好きかわからんからここにしたんだが正解だったな。こういう山に囲まれた場所だと山の幸も多いから」
「……俺のためにですか?」
俺はすっかり旅行気分でいたけど、これはあくまでも井口さんの仕事。だから行き先も泊まる所も井口さんの都合で決めてると思ってたけど、今の言い方じゃ俺のことを考えてくれてたみたいじゃないか。
さすがにもう俺の思い込みとは思えなくて、気付いたら頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出てしまっていた。
だけど目が合った瞬間に井口さんの顔から表情は消えて、また俺の淡い希望は粉々に砕かれた。
「──ここか。思ったより人少ねえな」
ちょうど夕食会場に着き、俺の問いに対する答えをもらうことはできなかった。真っ向から否定せずうやむやにしたのはきっと井口さんの優しさだろう。
俺が勝手に期待しただけで井口さんにはそんなつもりすらないんだろうけど、こういう気を持たせるようなのはもうやめてほしい。こんなんじゃいつまで経っても諦められなくなる。
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