ep16

9/18
633人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
「結構かかるんですね。時間大丈夫ですか? この後の予定とか……」 「あぁ、予定らしい予定はねえからゆっくり食えよ」  日中もやったことといえば観光したぐらいで、一般的な仕事に当てはまるようなことはしなかった。もしかしたら今も、この後も、まだ仕事は続くのかと思ったけど、今日はもう終わりなのかな。探りを入れるつもりもないけど、やっぱり教えてはもらえないみたいだ。  それから少し経って俺達のテーブルに釜飯が届けられた。30分どころかまだ5分も経ってないはずなのに、早すぎないか? 他のお客さんと間違えてるんじゃ──。 「火おつけしますね。火が消えた後少し蒸らしてからお召し上がりください」  30分かかるって、そういうことか。てっきり出来上がった状態で出てくるものだと思ってたけど、目の前で作って、炊き立てが食べられるようになってるんだ。 「ずいぶん珍しそうに見てるな。こういうの初めてか?」  その声で顔を上げると微笑む井口さんと目が合った。しまった、またやってしまった。今日はずっと気が緩みっぱなしだ。 「……はい。旅館なんて高校の修学旅行以来ですし、その時はこんな豪華なとこじゃなかったので……。井口さんはこういうとこよく泊まりに来るんですか?」 「しょっちゅうってわけでもねえが、まぁ伊達にお前より長生きしてねえからな」  それは間違いないけど多分年齢だけの問題じゃない。周りのテーブルを見ても1人で来ているお客さんなんていないし、一緒に旅行するような相手だって俺にはいない。  厳密には違うけど、好きな人と旅行なんてきっとこれが最初で最後だろうな。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!