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「結構かかるんですね。時間大丈夫ですか? この後の予定とか……」
「あぁ、予定らしい予定はねえからゆっくり食えよ」
日中もやったことといえば観光したぐらいで、一般的な仕事に当てはまるようなことはしなかった。もしかしたら今も、この後も、まだ仕事は続くのかと思ったけど、今日はもう終わりなのかな。探りを入れるつもりもないけど、やっぱり教えてはもらえないみたいだ。
それから少し経って俺達のテーブルに釜飯が届けられた。30分どころかまだ5分も経ってないはずなのに、早すぎないか? 他のお客さんと間違えてるんじゃ──。
「火おつけしますね。火が消えた後少し蒸らしてからお召し上がりください」
30分かかるって、そういうことか。てっきり出来上がった状態で出てくるものだと思ってたけど、目の前で作って、炊き立てが食べられるようになってるんだ。
「ずいぶん珍しそうに見てるな。こういうの初めてか?」
その声で顔を上げると微笑む井口さんと目が合った。しまった、またやってしまった。今日はずっと気が緩みっぱなしだ。
「……はい。旅館なんて高校の修学旅行以来ですし、その時はこんな豪華なとこじゃなかったので……。井口さんはこういうとこよく泊まりに来るんですか?」
「しょっちゅうってわけでもねえが、まぁ伊達にお前より長生きしてねえからな」
それは間違いないけど多分年齢だけの問題じゃない。周りのテーブルを見ても1人で来ているお客さんなんていないし、一緒に旅行するような相手だって俺にはいない。
厳密には違うけど、好きな人と旅行なんてきっとこれが最初で最後だろうな。
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