ep16

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 続いてまた別のスタッフさんがワインを持ってきてくれた。ボトルに貼ってあるラベルをこちらに向けながら何かを読み上げている。多分このワインの銘柄とかなんだろうけど、おそらくフランス語であろうその名前は聞き取ることも読むこともできなかった。  スタッフさんが下がった後、井口さんがワインが注がれたグラスを手に取った。それをほんの少し持ち上げるような仕草をしている。  俺も慌ててグラスを取って、軽く腰を浮かせようとした時、それを制止する声が届いた。 「あぁ、そのままでいい」  乾杯するのかと思ったけどどうやら違ったらしい。恥ずかしくなって何も言えず、もう一度椅子に座り直した。 「ワイングラスはビールジョッキなんかと比べると薄いだろ? グラス同士が当たって割れたりすることもあるからこうやって掲げるだけでいいんだ」  そう言ってグラスを掲げながら井口さんは笑顔を作った。その表情を見ていたらついさっきまでとは違う理由で恥ずかしくなって、ごまかすようにテーブルへと目線を落とした。 「そうなんですね……」  俺が小さい子どもなら知らないことがあったり、旅先で浮かれたりしてても微笑ましく見てられるかもしれないけど、いくら年の差はあるって言っても俺だってとっくに成人してんのに、俺なんか連れてて井口さんに恥かかせてないだろうか。
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