ep16

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「時間ずらした方がいいか?」 「いえ、その……大丈夫です。時間もったいないですし……」 「んじゃ早めに行くか」  踵を返す井口さんについて、部屋とは反対方向にある大浴場へ向かう。  その途中、おそらく大浴場から出てきたであろう1組の男女とすれ違った。こんな場所に来て気が大きくなっているのか、人目を憚ることもなく腕を絡ませながら、楽しそうに歩いている。  自分ではそんなつもりはなかったのに、無意識のうちに目で追ってしまっていたらしい。 「どうした?」 「あ……今すれ違った人達って夫婦か恋人同士ですかね。楽しそうだなって思って……」 「羨ましいか?」  なぜ見ていたのか、と訊かれたら多分答えられなかった。だけどそう言われたら自覚せざるを得ない。  そうか、俺、羨ましかったんだ。 「……はい。あんなふうに人前で腕組みながら歩くとか俺には無理ですし」 「俺の腕でよけりゃいくらでも貸してやるけどな」 「……それじゃ意味ないですよ。誰でもいいから腕を組みたいわけじゃないですから」  今日は自分の嫌なとこばっかり目に付くな。  こう言ってもらえるだけでもありがたいことなのに、それより先を望んでしまっている。同情で恋人気分を味わわせてもらうんじゃなくて、ちゃんと恋人として触れたい、触れられたいと思ってほしい。  ずっとわかったふりを、気付かないふりを続けてきたけど、本当は欲しくてたまらなかった。俺を丸ごと受け入れて愛してくれる、運命のような相手を。  それなのに会ったばかりの名前も知らない人に身体を許して、挙句に恋までするなんて、正反対もいいところだ。  やっぱり恋人とか運命なんて、俺が望んでいいものじゃなかったんだな。
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