ep2

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 店に入ってカウンターに並んで座る。肩がぶつかるほどじゃないけど、それなりに近い。しまった、座る前に椅子を少し離せばよかった。 「何飲みたい?」  何、と訊かれてもメニューらしきものは見当たらない。こんな状態でどうやって選べっていうんだ。だからといってこいつに訊くのも嫌だし、そもそも俺は飲みたくて来たわけでもない。もう適当でいいか。 「あんたと同じやつでいいです」 「せっかくバーに来てんのにそれじゃつまらんだろ。それに俺は『あんた』じゃない。ちゃんと名前で呼べ。なんでも言うこと聞くんだろ?」 「……『なんでも』と言った覚えはないです」  なんでも、か。これからいったいどんなことをさせられるんだろうな。  どんなことを言われたって拒否権なんてないに等しい。だけどその言葉があるのとないのとでは心理的な負担はまったく異なる。  こんな変な関係、早く終わらせてしまいたい。めんどくさくてつまらない奴と思われる方がいいのか、それともきちんと要求に応えながら飽きるのを待つ方が早いのか。せめて終わりがいつなのかわかれば少しは気が楽なのに。  他の客のカクテルを作り終え、こいつ……井口に呼ばれたバーテンダーさんが俺達の方へ来た。 「こいつに何かおすすめしてやってくれ」 「かしこまりました。普段はどういったものをお飲みになりますか?」 「えっと、あんまりお酒の種類とか詳しくなくて、ビールとかチューハイとかばっかりで……」 「炭酸が入ってる方がお好みでしょうか?」 「そうですね」  その後もいくつかの質問に答え、提案されたカクテルをお願いする。普段行くような居酒屋ではメニュー表から選ぶだけで、こんなふうにオーダーするのは初めてだ。どんなカクテルが出てくるんだろう。
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