633人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
「……すみません、やっぱり風呂やめておきます。なんか酔いが回ってきたみたいで……」
やっぱり冷静に考えたら絶対ダメだよな。部屋の露天風呂ならまだしも、他のお客さんもいるのに。井口さんは俺の身体を見て興奮したりとかしないのかな。──あるわけないか。そうじゃなかったら誘わないもんな。
「大丈夫か? 肩貸すぞ?」
「部屋に戻るぐらいは平気です。井口さんは気にせずお風呂行ってきてください」
「そんな話聞いてほっとけるわけねえだろ。ほら、さっさと部屋戻るぞ」
そう言って井口さんが強引に俺の腕を掴んだ。
「やっ……! だ、大丈夫です、自分で歩けます」
思わずその手を振りほどいてしまった。腕を掴まれたぐらいでなんでこんなに動揺してるんだ、俺は。やめておいてよかった、きっとあのまま風呂に行ってたら取り返しのつかないことになってただろうから。
「そうか。なら転ぶなよ」
今来た道を引き返して部屋へ戻る。
いつもなら井口さんが前を歩くことが多かったけど、今は俺の後ろにいる。多分俺が転びそうになったら支えてくれるつもりなんだろう。
俺が嘘をついても疑ったり呆れたりするどころかこんなふうに心配してもらえることに罪悪感もないわけじゃないけど、嬉しさの方が上回っている。
本当最低だよな。こんな気持ち、井口さんには絶対知られたくない。引かれたくない。嫌われたくない。たとえ好かれることはないとしても。
最初のコメントを投稿しよう!