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部屋についてすぐ『大人しく座ってろよ』と言い残して井口さんは部屋から出て行ってしまった。風呂入りに行ったのかな。わざわざついてきてもらって申し訳なかったな。
あー、ヤバい。酔いが回った、なんて嘘のつもりだったのに、本当におかしくなってるかも。これ以上優しくされたらもう我慢できなくなるかもしれない。
深い溜め息をついてテーブルに顔を伏せた数秒後、部屋のドアが開いた。慌てて顔を上げてドアに目を向けると、当たり前だけどそこには井口さんがいた。
なんで? さっき出てってからまだそんなに経ってないのに。いくら風呂早いって言っても限度があるだろう。上手く頭が回らない俺の目の前にペットボトルを1本置いて、井口さんが向かい側の椅子に座った。
「えっ、わざわざ買いに行ってくれてたんですか? すみません、お金──」
「自分の分買うついでだ。気にしなくていい」
そう言いながらもう1本の水を開けて飲み始めた。ついで、なんて多分嘘なんだろうけど、ここで俺が食い下がったら井口さんの好意を無駄にしてしまう。申し訳なさは残るけど、大人しく受け入れた方が良さそうだ。
「……ありがとうございます」
「あぁそうだ、これもやる」
鞄から何かを取り出すとそのまま俺の前に置いた。隣にあるペットボトルと同じくらいの高さの、小さな紙袋だ。その袋に書かれている店の名前になんとなく見覚えがあるような──。
「これってお土産に買ったお菓子じゃ……もらえないですよ、こんな!」
「いや、それはお前に買ったやつだ。土産選んでもらったお礼」
お礼のためとはいえ、井口さんが俺のために選んでくれたお菓子。どんな顔で受け取ればいいんだ、これ。
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