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「フルーツ好きなのか?」
「あんまり意識したことなかったですけど多分。会社の飲み会だととりあえずビールってとこあるし、カシスオレンジみたいなの頼むと『男のくせに』ってバカにされるんでほとんど飲まないですけど、多分そういう方が好きなんですよね」
「ロクな連中じゃねえなあ。酒ぐらい好きなの飲めばいいのに」
「井口さんが周りに気を使わなすぎるだけじゃないですか?」
俺がそう言った後何も返事がない。井口を見るとなぜか驚いたような表情をしていた。
「どうしました?」
「……いや、なんでも」
もしかして何か気に障るようなことを言ってしまったんだろうか。俺が怒ったり嫌味を言ったりしても通じてないのかずっと笑ってたから気にしてなかったけど、あんまり怒らせるようなことするのもマズいか。
しばらくは大人しく、従順なフリをしていよう。
少しして出されたカクテルは俺の予想とはまったく違う色をしていて、おそらくそれが顔にも出てしまっていたんだろう。隣で井口は声をもらしながら笑っている。
「おもしろいことでもあったか?」
「パイナップルとかグレープフルーツのジュースが入ってるって言われたんで黄色っぽいカクテルなのかと思ったら青かったのでちょっとビックリして……」
「なかなか新鮮な反応だな」
赤くなる顔をごまかすようにそのカクテルを飲み下す。そもそも人の顔をそんなにジロジロ見るなよ。
でも井口の笑い方は、かつてカシスオレンジを頼んで笑われた時とは違っていて、知らないことがあっても、どんなカクテルを注文しても俺を否定したりはしない。龍也のこともそうだ。だから調子が狂う。
……根っからの善人ってわけじゃ絶対にないけど、そんなに悪い人でもないのかもしれない。
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