131人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
2話
城の東側にある騎士団の宿舎。その4階にリカルドの自室はあった。
基本尉官以上は個室となり、位の高い士官ほど上の階の部屋をあてがわれる。
しかし左官にもなれば結婚して城の外に邸宅を持つものがほとんどで、大佐以上でこの宿舎に部屋を持っているのはリカルドとノクスくらいだった。
出勤も楽だし、食事や洗濯などはメイドにお任せと、至れり尽くせりで、将軍の部屋ともなれば、寝室とリビング、書斎、小さいながらも浴室とトイレもついており不便を感じたことはなかった。
三か月ぶりの自室に入ると、留守中メイドがしっかり掃除していてくれていたらしく、部屋は清潔に整えられていた。
上着をソファの背もたれにかけ、窮屈なブーツを脱ぐと急に眠気が襲ってきた。
意識していなかったがやはり戦場では気を張っていたようだ。
まだ日は高いが、王からも許しをもらっているし、今日くらいはのんびり過ごさせてもらおう。ドスンとベッドに寝転がる。
それにしてもさっきのノクスはエロかった。
まさかあの下着をつけて迎えてくれるとは。絶対着ないと言っていたのに。
言葉とは裏腹にあれを用意してくれていたのだから、なんともいじらしい奴だ。
黒く艶やかで面積の少ない布。サイドの紐は少し力を入れれば簡単にほどけてしまう頼りなさが何とも心許なくてドキドキするし、ほぼ紐というレベルに細いTバックできれいな尻が丸見えでたまらない。
夜する時にはしっかり見せてもらってから脱がせよう、などと不埒なことを考えていたらだんだんと瞼が重くなってきて、気づけはリカルドの思考はブラックアウトしていた。
コンコン
ノックの音に目を覚ます。気づけば先ほどまで明るかった外がオレンジ色に染まっていた。
一瞬だけ、くらいの感覚だったが、ぐっすり眠ってしまっていたようだ。
もしかしてノクスかな?と思ってウキウキとドアを開けると、そこには地味な顔をしたもう一人の友人が笑顔で立っていた。
「よ、リカルド。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「なんだ、アレクか」
少し残念そうな顔をするとアレックスがムッとする。
「なんだとはなんだ。3か月ぶりに帰ってきたと聞いたから、わざわざ来てやった優しい友人に対して……」
「はは、悪い、悪い。久しぶりだな。まあ、入れよ」
アレックスは勝手知ったる、とばかりにリビングのソファに腰掛ける。
アレックスとリカルドは士官学校で3年間同室であり、士官学校での時間をほぼ一緒に過ごした仲だった。友人というよりもう兄弟に近いかもしれない。
特に親兄弟のいないリカルドにとっては家族のように大事な存在だった。
なので二人とも階級は違ったが遠慮はなかった。
リカルドが将軍になった時、さすがに今までのように接していては示しがつかないだろうとアレックスは一度距離を取ろうとしたが、リカルドは今まで通りに接しないのならば絶交だと言い張って聞かなかった。
32歳になってもこの大男はどこか子供っぽい。学生時代から変わらなかった。
「仕事は?もう終わったのか?」
「ああ、終わらせてきてあとは自宅に帰るだけだ」
「だったら飲めるな」
リカルドは嬉しそうに棚からグラスとウイスキーの瓶を取り出すと、それをグラスに注ぎアレックスに手渡す。
かつんと軽くグラスを合わせて乾杯した。
「遠征お疲れさん。どうだったイヴサールは?」
「まあ、大方片付けて来たからしばらくは大丈夫だろう。うちの一個大隊を置いてきたから、補給の段取りを頼むな」
「ああ、お前んとこの副官がちゃんと書類を提出してきたよ。有能な部下がいてよかったな」
「さすが、オスカー。仕事が速いな。助かる」
言いながらリカルドも向かいのソファにどかりと座る。
リカルドの副官のオスカー・ボールドマン大佐はリカルドより年上の45歳の一兵卒から這い上がってきた叩き上げの男で、細かいこともよく気がつく、まじめな男だった。
書類や手続きなど細かいことが苦手なリカルドの代わりに自主的に処理してくれていることが多い。
年下のリカルドに従うのは不満があるのではないかと言う者もいたが、オスカー自身は自分は将よりも補佐が合うと言って、よくリカルドを助けてくれている。そんなオスカーにリカルドも感謝していた。
「まあ、仕事の話はひとまず置いておいて…」
グラスをテーブルに置きアレックスが一息つく。
「お前、さっきノクスの執務室にいただろ。」
「ああ、王に帰還の報告した後、直でな」
あっけらかんというリカルドにアレックスはやれやれと諦めたような顔つきになる。
「まあ、仲がいいのは悪いことじゃないが……外まで声が漏れてたぞ。いくら戦争が終わって気が抜けてたとは言え、仕事中は自重しろ。曲がりなりにもお前たち将軍だろ」
「あちゃ……聞こえてたか……。アイツいきそうになるとすげえ声がでかいんだよな………ま、そこも可愛いんだけどさ~~」
「……はあ、そうですか……」
「将軍だって人間だろ?三か月も恋人と離れ離れだったんだ、少しくらいは大目に見てくれよ~」
デレデレと相好を崩すリカルドにこれ以上言ってもひたすらのろけを聞かされるだけだろうと、アレックスは説教するのはやめた。
アレックスはやけっぱちになったように、ウイスキーに残っていたグラスを一息にあおる。
「もうお前たち付き合って10年だっけ?」
「ああ、来月でちょうど11年かな?」
「よく続いているよな。ここだけの話飽きたりしないわけ?」
「う~~~ん……しないなあ。あいつ面白いし、いろいろ驚かせてくれるし」
「ノクスが驚かす??そんな面白い男だったか…?」
アレックスが首をひねる。
少なくとも自分にはいつも嫌味と嘲笑と冷酷な言葉しか与えてくれない。
「浮気とか、一回もしたことないのか?」
「ないないない!そんなことしたらチンコチョン切られちまう!」
「……ノクスならやりかねないな……」
リカルドの顔がぞっと青ざめる。
それにはアレックスも賛同できた。
「本当に?一度も?お前結構モテるだろ?ちょっとフラフラッとしたことないわけ?」
「ホントにホント。それに、あいつよりいいなって思うやつに今んとこ出会ったことないし」
「はあ、そうですか……」
またのろけだ。
「そんなに、好きならそろそろ結婚したら?」
さすがにそろそろ聞き飽きたアレックスがサラリと言うと、その言葉にリカルドが少し目を開く。
「………結婚。……結婚か~~、……結婚ねえ……」
デュランでは15年前から同性同士でも結婚できる法律が制定されていた。
古くから「ディエラ神教」を信仰している国民が多く、ディエラ神教では同性愛を容認していなかったが、100年ほど前、パレシアの東にあったモルレアンという国を占領した際、その土地で信仰されていた「ロシュナ教」は同性愛を肯定しており、ロシュナ教は少しづつデュラン国内に広まり、特に若者の中にはロシュナ教に改宗するものも多く、現在ではもともとのロシュナ教徒と合わせると約30%の国民がロシュナ教徒であった。
「いいぞ、結婚は~。自分が帰れる場所があるってのはいいもんだ。なんか心持ちというか、安心感がちがう」
満面の笑みでアレックスが言う。
今度はリカルドがのろけを聞く番だった。
アレックスは昨年結婚し、城下に邸宅を構えて新婚生活を送っていた。
リカルドが証人になって結婚式にも参列した。
アレックスの奥方は背が小さく可愛らしい女性で、二人はとても幸せそうだった。
「結婚ねえ……いや、今まで考えなかったわけでもないんだが……」
「別に最近は珍しくもないだろ。男同士でも」
「そうなんだけどな~~~」
この男にしてははっきりしない。アレックスはもどかしくなってその言葉の先を聞き出す。
「なんなんだよ?」
「いや、ノクスがさ……あんまり乗り気じゃないみたいで」
「そうなのか?そんなにラブラブならプロポーズすればすぐOKしそうなのに……」
「ちゃんとプロポーズはしたことないんだけど、なんかそういう雰囲気になるとはぐらかされるっていうか……」
リカルドの声に段々と張りがなくなっていく。
「ふーん、そうなのか。なんか問題でもあるのかな?」
「うーん……でもなんか聞きづらい雰囲気でさ」
「まあ、結婚だけがカップルじゃないとは思うが……やっと西の方も落ち着いてきたし、お前らもそろそろ落ち着いてもいいんじゃないか?」
「そうだよなあ……」
「結婚はいいぞ。帰ったら可愛い嫁がいて、暖かくてうまい飯があって、それを一緒に食って、人目を気にせずイチャイチャできる。まさに天国だ」
さっきまで惚気られたお返しだと言わんばかりにアレックスが畳みかける。
「う……なんかそういわれるとすげえうらやましくなってきた」
「まあ、一度ちゃんと話し合ってみてもいいんじゃないか?」
結婚すれば、離れていてもお互いの浮気の心配をすることも減るかもしれし、毛を剃られることもなくなるかもしれない。
「……そうだな。うん……俺プロポーズしてみるわ!!」
急にやる気が 湧いてきたリカルドが雄々しく立ち上がる。
こうと決めたら一直線で、ぶつかって砕けるまで何を言っても聞かないのがこの男の良いところでもあり、悪いところでもあった。
「いや、別にプロポーズしろとは言ってないんだが……」
ちょっとけしかけ過ぎたかと慌ててアレックスが止めるが、一度付いた火は簡単に消えそうにない。
リカルドはアレックスの肩を勢いよく掴む。
「俺はノクスと結婚したい!家族になりたい!協力してくれ、アレク!」
そのまま激しく揺さぶられ、アレックスは首を縦に振るしかなかった。
「お、おお………分かった。協力する、協力するから揺するのをやめてくれ!」
酒が入っていることもありアレックスの胃からこみ上げてくるものがある。リカルドは悲痛な声に我に返り、アレックスの隣に座る。
「で、どんなプロポーズがいいと思う?いきなり言ってもいいけど、一生の思い出になるかもしれないし、なんか特別な感じにしたいんだよな~」
リカルドがテンション高くまくし立てる。
「ほら、なんか人を雇って、周りの通行人に扮してもらって一緒にダンスするやつとか!」
「それはぜーーーーったいやめとけ!確実にノクスにブチ切れられるぞ」
「そうか?じゃあ、前芝居で見た馬車の前に飛び出して告白するやつとか……」
「それもやめとけ!ノクスがそういうの好きだと思うか?」
「……いや、絶対鼻で笑われて終わりだな」
「だろ?」
ノクスはまじめな性格で基本的に下らないことや冗談が嫌いだった。
アレックスはどうどうとリカルドの肩を叩いて半ば強制的に落ち着かせる。
「普通にいい雰囲気のところにデートに行って、盛り上がった時に言うとかでいいんじゃないか?」
「それじゃ普通過ぎねえ?」
リカルドが少し不満そうに言う。
「普通でいいんだよ、普通で。こういうのは相手のことを考えないと。」
「なるほど……!さすが経験者!!」
「おっと、こんな時間だ!嫁が飯作って待ってるから帰るわ」
アレックスはわざとらしく声を上げる。
これ以上引き留められてたまるか。
「じゃあ、健闘を祈る!」
アレックスはそういい捨てると急いでリカルドの部屋から退出した。
数時間後、部屋にやってきたノクスと満足するまでイチャついた後、そろそろ寝ようとかと一緒の布団に潜り込んだ。今しかない。
リカルドがさりげなく切り出す。
「あ~、そうだ。今度、お前の非番の時にアシカブ湖にでも遠乗りに行かねえか?」
「ん?アシカブ湖?どうした急に?」
アカシブ湖はパレシアから南に20㎞程離れたところにある風光明媚な湖で、のんびりと過ごすにはいい場所だ。
「いや、折角の遠征休暇だし、久しぶりに静かなところでのんびりしたいなあと思って」
「ふうん、お前と出かけるなんていつぶりだ?」
興味さなそうにノクスが言う。
その声にリカルドは少し心配になってくる。
「な、なんだ?いやか?」
「いや、別にいいんじゃないか?今の季節ならルピナスの花が綺麗だろうし」
ノクスの声はそっけなかったが、体を寄せてきているので満更でもなさそうだ。
よし、これはいけるんじゃないか?
後は綺麗な景色を見ていい雰囲気になったところでプロポーズだ。
すっかり自信を得たリカルドは、満足げにノクスを抱き込み、その温もりに浸りながらすこやかに眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!