笑顔の理由

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「はあ…」 朝から何度目かのため息が出る。 決して雲が少ない地域ではないというのに、何故この日はいつもこんなにも青いのか。 自分の気持ちとはまるで正反対の空を見上げると、益々気持ちは沈んでいく。 隣を歩くヒナの足取りは軽やかだ。 自分だけ取り残されているようで、更に足取りは重くなる。 ぐるりと円を描くように囲っている塀に沿って歩いて行くと、見覚えのある人影が見えてきた。 「エレン!カイザル!」 ヒナが手を振りながら声をかける。 「おお、来たか」 口を開かなければ綺麗な女として見られるであろうエレンが、相変わらず男らしい口調で応える。 「お二人共元気そうですね」 俺達より歳上だというのに敬語をやめないカイザルも、こちらへ歩み寄りながら声をかけてくる。 「ああ、そっちも元気そうだな」 無難にそう返した。 ヒナが少し周りを見渡し 「アーロンはまだ?」と聞く。 「ああ、いつものことだ。行こう」 かつての仲間が揃うまでもう少し待とうか?などという思考は皆無らしく、エレンは歩き出した。 まあ、気持ちがわからないわけでもない。あの男が決まった時間に集合し、皆揃って行動するなど、想像しただけで笑える。 ふと目をやると、囲いのコンクリートの継ぎ目の間から、青々とした草が生い茂っている。どこにでもある雑草だというのに、あわよくばその隙間から顔を出そうとしているかのようなしたたかさが感じられた。 ちっ 俺は心の中で舌打ちした。 かつての仲間達は、何故だかやたら個性の強いやつばかりが集まってきた。(俺とヒナ以外) 一緒に旅をしていく中で、数え切れない苦労があった。中でもアーロンとあいつは別格だった。いまだに何を考えているのかまるでわからない。 そんな事を考えながら歩いていると、塀が途切れ門が見えてきた。 「お疲れ様でございます!」 門番が元気良く敬礼する。 「お疲れ様です。変わりはありませんでしたか?」 「はっ!全く異常ありません!」 カイザルの慈悲深い笑顔と労いの言葉に答える門番の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。 ありがたいやつだ この慈悲深い笑顔が、悪魔の微笑みにもなり得るということを知らないのだ。 鍵を開けてもらい中へ入ると3ヶ月前よりも更に草花が生い茂っていた。 また花の種類が増えたとか、もうほとんど土が見えない等と言いながら、丸い敷地の真ん中の一本の木の元へ行く。 木と言うにはまだ早い、高さにして1メートル位のその枝には、緑と金が混ざったような色合いの紐が括りつけられている。あいつの髪の色に良く似た色で、いつも腕に巻いていた物だ。 1年前のあの日、あいつがこの場所で消えたと聞いて、俺達はすぐに駆けつけた。けれど見えない何かのせいで全くこの場所に近づくことが出来なかった。ちょうど今囲われているコンクリート塀と同じ位の範囲で、見えない何かが囲っていたのだ。 見渡す限りの石くずやら岩の欠片のような物だらけ。ただの土の広場だったはずの場所に、どこからこんなにも石やら岩やらが飛んできたのか。あいつの姿らしき物は外からは何も見つけることが出来なかった。 毎日色々な方法を考え、試し、無意味だと思い知らされる。それを繰り返し1ヶ月が過ぎて草花が生え、木の芽が出てきた頃、俺達を嘲笑うかのように、突然見えない何かはなくなった。 そこらじゅうにある石やら岩の欠片やらをひっくり返して、あいつの痕跡を探した。 1ヶ月の間、あいつがこの場所に向かうのを見たと言う奴。あいつが視界を遮る程の石の雨の中で見えなくなったと言う奴。少なくはない目撃者達の話から、ここには来ていないのではという希望は断たれていた。 2ヶ月かけて何度も隅から隅まで探したが、見つけられた物といえば、あいつが、自分の髪の色と同じで凄く綺麗な色だろ?等と自慢していたこの紐くらいだった。 様々な理由から墓標らしき物も、モニュメントめいた物も建てる事が出来ず、俺達はなんとなく何故だかど真ん中に生え始めた木の芽に集まるようになった。 あいつが居なくなってから3ヶ月が過ぎ周囲の塀が完成して俺達は一度解散した。3ヶ月前に集合した際に、ようやく木であると主張し始めてきたそれに、あの男が何の気なしに託されていたその紐を括りつけたのだ。 「また、会えたね」 紐を結び直しながらヒナがぽつりと声をかける。 しばらくの沈黙… どのくらい経っただろうか。 門の開く音がした。
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