赤いかんざし

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『与吉さんの旅の無事を祈っています。この赤いかんざしは私だと思って大事に持っていてください。サト』 藤次郎もその手紙を見て、そしてこう言った。 「与吉さんの女房はやさしいですね。私にも家族がいましてね。今回はしっかり稼いだので、早く会って喜ばせてあげたいですよ」 「そうですか。藤次郎さんはもう、売り終わったのですね。俺はこれから頑張らないと」 俺は、旅立つときに感じたサトへの違和感の正体に気がついた。 サトはいつも付けている赤いかんざしを、付けていなかったのだ。 それで、いつもと違って見えたのだろう。 そんなことを考えながら歩いていると、藤次郎はこんな話をしてきた。 「この先の道では、時々、旅人が姿を消してしまうらしいです。いわゆる、神隠しってやつです。でもですね、私は神隠しなんてあり得ないと思っています」 「それはどういうわけですか?」 「人が自然に消える訳がない。これはきっと、人間がやっているんですよ。京への道は、商人(あきんど)が多く行き交いますからね。それを狙った山賊たちの仕業だと私は思っています」 「なるほど。山賊に襲われて殺されてしまう。それで、神隠しに遭ったように思えてしまうのですね」 藤次郎の言うことはもっともだった。 俺も山賊に襲われないようにしないと。 藤次郎は話を続けた。 「売上金は大事に持っていないといけないです。もし襲われたら、おとなしく財布を差し出して逃げた方がいい。だから、財布は二つ持っておくといいですよ」 そう言うと、藤次郎はもう一つの財布の隠し場所を教えてくれた。 「いいんですか、そんなことまで俺に教えてしまって」 「ああ、与吉さんは同じ行商仲間ですからね。旅の知恵は分かち合いましょう」 この藤次郎という男は人が良すぎるのではないか。 俺が悪人だったら今、襲いかかって金を奪っていたかもしれないというのに。 いや、俺にはそんな腕力はない。俺に強盗は無理だ。 それを見透かして、こんな話をしてきたのかもしれない。 もっとも、藤次郎の方も痩せており、力は弱そうだ。 俺たちは山賊に襲われたら、二人とも間違いなく負けてしまうだろう。
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