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この世界は自由だ。仕事もなければ、しなければいけないこともない。争いもないし、誰かと競うこともない。この世界の住人は、のんびりと暮らしている。しかし、娯楽と呼べるものがない。いや、一つだけある。それは演劇だ。だから、みんな、日がな一日、演劇を見て過ごしている。
しなければいけないことがないのは良いことだが、まあまあ暇なのだ。だから、この世界の住人は、演劇を見飽きると、今度は自分が役者として舞台に立ちたいっと思ってくる。
だが、脚本家は一人しかおらず、劇のシナリオはワンパターンで数も少ない。そのワンパターンな劇に、多くの役者希望者が殺到する。劇の数に対して、役者希望者の数が多すぎる。役者になって出演する順番待が凄いことになっている。役者になるまで、途方ない年月を待っていなければいけない。
そこで役者希望者に、ある条件で、すぐに役者として出演できる権利を与えられた。その条件は、それは自身でオリジナルのシナリオを書いてきてもらうこと。その劇のシナリオが面白ければ、すぐにそのシナリオで主役として出演できる。
私は、その役者希望者のシナリオの書き方をサポートしている。
どうやら、また一人、役者の卵がシナリオを持ってきた。
「僕のシナリオを読んでください」
私はシナリオを受け取り、読んでみた。
ふむ、ふむ。お金持ちで、イケメンで、性格も良くて、運も良くて、みんなから好かれ、何の悩みも困難もなく、幸せな生活を送る。読むと、そんなシナリオだった。
「ダメだよ、これは」と私は言う。
「どうしてですか?」。彼は訊く。
「これ、この国の唯一の脚本家のシナリオパターンと、まるで一緒じゃん」
「それの何がダメなんですか?」
「同じようなシナリオを演じたいなら、今あるシナリオで順番待ちし、役者になりなよ。ここは、あなたのシナリオにオリジナリティがあって面白いかどうかをサポートするところだから」
「オリジナリティあって面白いシナリオなんて書けないですもん」
「じゃあ、君は、どんな劇が好き?どんな劇をよく見てるの?」
「そうですね。いろんな困難を仲間と一緒に乗り越えるような劇が好きですかね」
「だったら、そういうの書けば?」
「えー。見るのは、そういう劇ですけど、演じるならキラキラした役を演じたいです」
私は、彼の素直な答えに笑った。
「分かるよ、君の気持は。でも、もうそういうシナリオは、うちの脚本家が書いているから十分なんだ。うちの脚本家は、不幸が嫌いだから、すぐにご都合主義のキラキラした作品ばかり作っちゃうんだ。だから、ここではそれ以外の作風を募集してるんだ。いろんな作風の劇があるほうが、見るほうだって楽しめるだろ?そのために、シナリオを募集してるんだ。それで、面白いシナリオが書けた人には、特典として主役を演じられるってわけ」
「まあ、言ってることは分かりますが、シナリオなんて、どう書けばいいのか……」
「そういう人のために、私がサポートしてるんです」
私は彼に、シナリオの書くためのアドバイスをすることになった。
「まずは先に言っておくけど、これはあくまで参考程度で聞いていてほしい。私が伝えるのは、ある程度の型を教えます。だけど型が絶対ではありません。でも型を知らなければ、秩序がなくなった作品になりかねません。型を知った上で破るのは、型破りですが、型を知らないのは、形無しですから」
私はノートと用意し、彼にシナリオの型を書きながら教えた。
「シナリオには4つのパターンがある」。私はそう言いながら、ノートに書いた。
①自分の意志で、自分のために
②自分の意志で、他人のために
③巻き込まれて、自分のために
④巻き込まれて、他人のために
私は「この4つのパターンだ」と言うと、彼は不思議そうな顔をして、「これだけですか?」と訊いてきた。
「そうだ」
「これだけでは意味が分からないし、シナリオも書けそうにありません」
「まあ、慌てるな。これから、いろんな事を教えて行くんだが、この4つのパターンは基本形なので、まだ意味が分からなくても記憶してほしい」
私は、一呼吸置き、彼に質問をした。
「ところで、そもそも物語とは、どういうことを指すと思う?」
「なんですか?いきなり、そんな莫大なテーマを訊いて」
「なんでもいいから答えてみて」
「うーん?面白いこと?ワクワクすること?そんなところですか?」
「それも正解だと思う。ただ、私の考えるところ、物語というのは変化だと思うんだ。登場人物がどういう状態からどういう状態に変わったのか?それが物語だと思ってる。その変化する所で、面白かったり、ワクワクすれば、より良い物語だと思う」
私は先ほどのノートを指さした。
そして説明を続けた。
「この4つのパターンは、主人公が変化する前の導入部分。ここから物語の始まりというわけだ。4つのパターンのうちどれかから物語が始まり、主人公の価値観や能力、動機、性格などなど、そういうのが変化していく」と私は伝えた。
「それは分かりましたけど、4つのパターンを聞いても、シナリオのアイデア、何も思い付かないんですけど」
「まあまあ、だから、まだ焦らないで。次は、キャラクターの4つのタイプを教えるから」
「また4つですか?」
「そう4つ。キャラの4つのタイプと、シナリオの4つのパターンと関連しているから」
そう言って、私はノートを書きだした。
①自信ありの、集団タイプ
②自信ありの、孤立タイプ
③自信なしの、集団タイプ
④自信なしの、孤立タイプ
「このキャラ4つのタイプを補足する」
①のタイプ。みんなの中心にいる人物。ポジティブで自己評価を高く見積もり、能力以上に自信を持っている。
②のタイプ。完璧主義。分析力に長けていて、能力も高い。自己評価も正しく、自信を持っている。
③のタイプ。いつも人の顔色を窺い、自分の意見が言えない。自己評価を低く見積もり、能力ほど自信が持てない。
④のタイプ。自身の可能性を自ら諦めているため能力も低い。自己評価も正しく、自信が持てない。
「あくまでも型だから、必ずしも、まったく同じのキャラにしなくてもいい。前にも言いましたが、型を知った上で破るのは、型破りですが、型を知らないのは、形無しですから」
私は、一言断りを入れた。
「①、②は良いけど、③、④は無いわ。どうせ演じるなら良い役がしたいよ」と彼は言った。
「まあ、まあ。良い役を演じたいのは分かりますけど、良いシナリオも作らないと。だから、役はシナリオも合わせて考えましょう。先ほども言いましたけど、キャラの4つのタイプと、シナリオの4つのパターンと関連してますから」
私は、先ほどのシナリオ4つのパターンと今のキャラ4つのタイプを線で結ぶ。
①自分の意志で、自分のために———①自信ありの、集団タイプ
②自分の意志で、他人のために———②自信ありの、孤立タイプ
③巻き込まれて、自分のために———③自信なしの、集団タイプ
④巻き込まれて、他人のために———④自信なしの、孤立タイプ
「ここまでで、何か質問ありますか?」と私は訊いた。
彼はじっとノートを眺め、しばらくしてから口を開いた。
「自信があるから、自分の意志。自信がないから、巻き込まれて。これは分かります。でも集団タイプが、自分のために。孤立タイプが、他人のために。これって変じゃないですか?」
「良い所に目を付けましたね。これを説明するには、少し例題が必要ですね。ところで、あなたはスポーツものの劇は見るか?」
「はい、見ます。この国では、競い合うということをしないので、物珍しくて見たりします。結構好きですよ」
「それは良かった。この4つをスポーツの役割で、例えていいか?」
「はい。大丈夫だと思います」
私はノートに書き足した。
①キャプテンタイプ
②監督タイプ
③マネージャータイプ
④補欠タイプ
①キャプテンタイプは、みんなの中心にいる人物。無謀だと思われる目標を掲げ、みんなをやる気にさせる。行動の動機は、みんなの中心にいたいため。人気者になりたい、モテたい、そういう動機で物語が始まる。
だから、自分の意志で、自分のために。
②監督タイプは、カリスマ的人物。この人が指導すると、結果が残せると噂される。結果にこだわるため、情に流されず、厳しく、結果孤立する。お金や名誉で雇われている。そんな動機で物語が始まる。
だから、自分の意志で、他人のために。
③マネージャータイプは、いじられキャラで、みんなを和ませる。調和を大切にし、対立を嫌う。しかし実は、いじられることに陰では傷つき、常日頃から自分を変えたいと思っている。だが自信がないため一歩が踏み出せない。そんな動機で物語が始まる。
だから、巻き込まれて、自分のために。
④補欠タイプは、無口で無表情。やらなくちゃいけないことはやるが、やらなくていいことは、基本やりたくない。自分自身には才能がないと諦め受け入れている。強引に誰かが引っ掻き回さないと動かない。そんな動機で物語が始まる。
だから、巻き込まれて、他人のために。
「このキャプテンとか、監督とか、そういう名前を付けたのは、あくまでイメージしやすくするためだから。もし、スポーツ劇のシナリオを書くのなら、補欠タイプがキャプテンをやっても構わないんだよ」と私は付け足す。
「分かってます」と彼は言う。そして話を続ける。「それは分かってますけど、やっぱり僕は、キャプテンタイプか監督タイプを演じたい」
「まあ、かっこいい役だからね。でも一つ忠告してもいいかな?」
「はい」
「先ほど、物語は変化って言ったよね?この①や②は主役の変化が乏しかったりするんだ。①に関しては能力が上がったりするけど、②に関しては、主役が変化しない場合も少なからずある。どっちかと言えば、主役のおかげで、脇役が変化する劇が多い。だから、この①、②は、シナリオの内容だったり、キャラのカッコ良さがないと、物語の面白味が欠けるから気を付けて」
「へー、そうなんですか?確かに、やりたい役とシナリオを面白く書くのは別ですもんね」
「そうだね。シナリオが面白くなければ、採用されず、主役を演じられないからね」
「まだ全然、シナリオのアイデア、思い付かないんですけど」
「よし、今度は、物語の構造を教えて行くよ。物語は大きく4つのブロックに分けられる」
「また4つですか?ひょっとして、前に出た4つのタイプと関係しているんですか?」
「ごめん。今回は全く関係ない。たまたま4つで繋がっていただけ」
私は、そう言いながらノートを書きだした。
⑴日常から非日常への前触れ
⑵日常の変化し、非日常に対応する主人公
⑶対応では追い付かず、主人公は変化を余儀なくされる
⑷主人公の変化が、非日常に適応できるか試される
「まあ、ざっとこんな感じで、物語が進む。もう少し詳しく解説しるよ」
⑴主人公の価値観や性格、能力などを日常の行動で見せる。その日常に異変が起きるきっかけ。新しい人と会ったり、新しい場所に移動したり、新しい事が起きたり、依頼されたり。それに自ら進んで行ったり、無理やり引き込まれたり。
⑵その非日常の環境で、頑張る主人公。頑張って適応しようとするが、次第に空回りし、どん底に落ちる。
⑶どん底に落ちた主人公は、自分を見つめ直す。価値観が何かしらの変化するきっかけを得る。そして、その変化した主人公が、再び非日常に立ち向かう。
⑷変化前の主人公に引き戻そうとする出来事が、何度も何度も起きる。主人公は周りのサポートも受けながら変化を成し遂げ、次第に非日常だったことが日常になっていく。
「物語のだいたいの構造が把握できた?」と彼に訊ねた。
「そうですね、なんとなくですけど」と彼は答えた。
「じゃあ、もう少しだけ補足するよ」
「まだ何かあるんですか?」
「いや、ただの補足だよ」と私は言い、補足を付け足した。
『自信がないマネージャータイプや補欠タイプは、物語の構造⑴のブロックで、なかなか非日常に一歩を踏み出せない。強引に巻き込まれながらも一度は回避し、でも巻き込まれる。2回は巻き込まれる出来事が起きるほうがいいと思う』
『物語の構造⑵では、どん底の前に仮のハッピーエンドを作る。まやかしの幸せ、ビギナーズラック。それがあることで、よりどん底への落差が増す』
『物語の構造⑵のどん底は、何個も不幸な出来事があるといい。初めはツイてない程度。だんだん空回りし、泥沼化していく。失敗、挫折、仲間が離れたり、仲間に裏切られたり。不幸は、不幸を呼んでやってくる。価値観が変わる納得できる理由が欲しい』
「だいたい、こんなところかな」と私は言った。
「物語の構造⑶とか⑷では、なにかヒントはないんですか?」
「ごめん、物語の構造⑶、⑷に関しては、私には解説できない。でも、物語の構造⑴、⑵の話が上手く作れていれば、⑶、⑷の流れも見えてくるはず。ただクライマックスは、アイデア勝負だと思う。決められたような形より、考えて考え抜かれた結末のほうが大。一つ言えることは、伏線があると良い。クライマックスでいきなり何の脈絡もなく大ドンデン返しが起きると、ご都合主義的過ぎるよね。前もって、大ドンデン返しが起きるための伏線が必要になる」
「だから、大ドンデン返しを思い付く方法はないんですか?」と彼は焦れながら訊いてきた。
「そんなことが私に簡単に出来たら、私もシナリオを書いて、役者になって劇に出るよ」
彼は驚き、「あなたも役者になりたいんですか?」と呟いた。
「もちろん。でも、まあ、シナリオを分析できるのと、シナリオを書けるのは別物っていうことだよ」
「でも、どうして僕なんかのサポートしてくれてるんですか?」
「これは君のためだけではない。私のためでもあるんだ」
「どういうことですか?」
「何かを伝えることで、いろんな事が整理されるし、また新たな気づきも得られるんだ。私は、停滞しているシナリオに刺激を与えたくて、こうして君をサポートしているんだ」
私は一呼吸置き、気持ちを切り替えた。
「まあ、私のことは置いといて、もう一つ、クライマックスのヒントを言うよ。結局のところ、みんな幸せに向かって行動するんだ。それは、物質的な成功や報酬のような幸せかもしれないが、それ以外もある。それは、心理的幸せ。やればできる、という自己肯定感の上昇。ダメな自分を認める自己受容。誰かの役に立てること。クライマックスに、物理的幸せが叶わなくても、心理的幸せが叶えば、それはそれで物語のラストシーンは満足なものになるだろう。しかし、その逆は無い」
「物質的な成功しても、心理的な幸せがなければハッピーエンドにはならないってことですね」と彼は答えた。
「シナリオ、何か思い付きそうか?」と私は訊ねた。
彼は私の問いに、戸惑いの表情を浮かべた。「もう、これでシナリオのヒントはないんですか?」
私は少し考えた。全部伝えていいものか悩んでいた。私がヒントを言えば言うほど、彼の独創性を奪う気もした。
「だいたい、大筋のシナリオの構造は伝えた。これより先は、もう少し具体的な例になるけど、あまり参考にしすぎると型に嵌りすぎるから注意するように。君は、もっと自由に、やりたい役をイメージして、書きたいように書けばいいんだからね」
私はそう言うと、ノートを開き、いままでで書いてあるのをまとめた。そして、もう少し具体的な例を入れた。
①キャプテンタイプ ①自分の意志で、自分のために———①自信ありの、集団タイプ
①のタイプ。みんなの中心にいる人物。ポジティブで自己評価を高く見積もり、能力以上に自信を持っている。
①キャプテンタイプは、みんなの中心にいる人物。無謀だと思われる目標を掲げ、みんなをやる気にさせる。行動の動機は、みんなの中心にいたいため。人気者になりたい、モテたい、そういう動機で物語が始まる。
①の行動理由は、ビジョン。未来の喜びに向かって行動。高い目標を掲げて行動するため、周りとの温度差が生じやすい。
自信(自己肯定感)、自己受容ともに高い。能力以上の自信のため、物語では能力向上、能力の変化が必要。難題な課題や強いライバルがいる。
②監督タイプ ②自分の意志で、他人のために———②自信ありの、孤立タイプ
②のタイプ。完璧主義。分析力に長けていて、能力も高い。自己評価も正しく、自信を持っている。
②監督タイプは、カリスマ的人物。この人が指導すると、結果が残せると噂される。結果にこだわるため、情に流されず、厳しく、結果孤立する。お金や名誉で雇われている。そんな動機で物語が始まる。
②の行動理由は、プラン。計画の失敗を回避する行動。高い能力と知識で相手に指導。分析力も長けているので、落ちこぼれは切り捨てる非情な面あり。
自信(自己肯定感)は高いが、自己受容は低い。失敗、欠点は相手に弱味を握られると考える。
自己受容の低さは、親との関係性が原因の場合がある。だらしない親の反面教師。親との関係性が変化のカギになることも。
物語では、指導した相手は変化するが、監督タイプは変化しないことも。また能力のある人情派と対立しながらも、相手を認め、少しだけ人間味が出る物語もある。
③マネージャータイプ ③巻き込まれて、自分のために———③自信なしの、集団タイプ
③のタイプ。いつも人の顔色を窺い、自分の意見が言えない。自己評価を低く見積もり、能力ほど自信が持てない。
③マネージャータイプは、いじられキャラで、みんなを和ませる。調和を大切にし、対立を嫌う。しかし実は、いじられることに陰では傷つき、常日頃から自分を変えたいと思っている。だが自信がないため一歩が踏み出せない。そんな動機で物語が始まる。
③の行動理由は、ムード。雰囲気を良くする行動。人の感情を察知することに長け、場を和ませる。雰囲気を壊さないように、自分の意見を言えずにいることが多い。
自信(自己肯定感)、自己受容ともに低い。笑われたくないから失敗を恐れる。
自己受容の低さは、親との関係性が原因の場合がある。厳しい親の影響。親との関係性が変化のカギになることも。
争いを嫌うため、自ら相手に勝ちを譲る。しかし、どうしても諦められないもの見つける。諦めないもののため、傷ついたり、自分の気持ちを伝えたり、人目を気にせず自分を表現し、自信を手にする。
④補欠タイプ ④巻き込まれて、他人のために———④自信なしの、孤立タイプ
④のタイプ。自身の可能性を自ら諦めているため能力も低い。自己評価も正しく、自信が持てない。
④補欠タイプは、無口で無表情。やらなくちゃいけないことはやるが、やらなくていいことは、基本やりたくない。自分自身には才能がないと諦め受け入れている。強引に誰かが引っ掻き回さないと動かない。そんな動機で物語が始まる。
④の行動理由は、ルーティン。嫌なことを後回しする行動。決まった日常があり、変化を嫌う。普段は被害妄想的に人の目を気にする。自分の好きな分野をしているときは他人がどう思おうが気にしない。オタク気質。
自信(自己肯定感)は低いが、自己受容は高い。自己受容というより諦めに近く、ダメな自分を受け入れている。
自分では大したことないと思っていたオタク的な特技が、今までとは違った環境下で重宝される。それが自信につながる。
お助けキャラや、お助けアイテムにより、違った自分になる。最終的には、それが無くても自信が持てるようになれる。
「変化の結果、動機が変わることがある。不純な動機で始めたけれど、成長の過程で純粋に好きでやりだす。巻き込まれて動いていたのに、成長する過程で自分から一歩踏み出す。自分のために動いていたのだけど、成長の過程で他人のために動くようになる。などなど。成長するというのは、価値観が変わり、動機が変わり、行動が変わる。そういう変化が物語になる」
私はさらに続ける。
「そして変化に必要なものが3つある。それはトラブル、葛藤、対立。トラブルは、目的に向かうときには必ずと言って発生する。その問題を解決するための行動でスキルを得たり経験を得る。それが成長に繋がる。葛藤は、自分のトラウマや感情に向き合う。特に過去のトラウマが原因で失敗を繰り返すケースがある。トラウマの解消が成長のカギを握ることがある。そして対立。対立は、この4つのタイプをシナリオに入れるといい」
「4つのタイプを入れる?」と彼は訊き返してきた。
「この4つのタイプは、君が演じたい役を決めたり、ストーリーを考えやすくするためだけではない。この4つのタイプの人間を全てのシナリオの中に入れるんだ。例えば、君がキャプテンタイプを演じたいなら、キャプテンタイプのシナリオを書けばいい。しかし、そのシナリオの中の役に、残りの3つのタイプも登場させるんだ」
「他の3つのタイプもですか?」と彼は訊く。
「例えば、キャプテンタイプが4人揃ったとしよう。価値観が同じ者同士が集まれば、きっと気が合い、仲が良くなるだろう。だけど、4人が4人、ビジョンや夢を語るだけでは、物事は何も進展しない。これだと物語も進まない。ゴールを描けば、道順も必要だし、仲間と協力し合わなければいけないし、時には淡々と歩かなくちゃいけない。ゴールにたどり着くためには、4人のタイプが必要なんだ」
「なるほど」
「しかし、ここで対立するのは、みんな自分が役に立ちたいからなんだ。役に立ちたいから、自分の主張を押し付けたり、相手の主張を拒んだりする」
「でも、対立のままではマズいですよね」
「そうだね。対立のままでは分裂しちゃうね。そして、それだと物語も終わってしまう」
「どうすればいいんですか?」
「それは、相手のことを理解しようとする行動に出る。理解できなくても、相手のことを分かろうとしてみる。物語のシナリオには、対立を書いて、分裂寸前まで行き、相手の本心や過去、素性を知り、そして再び対立しながらも認め合う、そういう流れを書けばいいと思う」
私は、ノートを閉じ、彼の前に差し出した。
彼は、ノートと私を交互に見て、不思議そうな表情をするだけでノートを受け取ろうとしなかった。
「これで、私が教えれることは終わりだよ」と私は言った。
「えっ?そんな・・・・・・。やっと、シナリオの形がなんとなく見えてきたのに」
「それでいいんだよ。なんとなく形が見えれば十分だよ。その書きたいと思ったことをメモしておきなさい。そのメモは、なるべく目に付くところに置いて置きなさい。そして、また書きたいことが思いつけば、すぐメモをしておきなさい。これを繰り返していけば、いずれ、これだったらシナリオが書けるかも?っと思える時が来る。そしたら、そのとき書き始めればいい」
私は彼に再びノートを渡した。今度は、彼は受け取った。
私は話を続けた。
「シナリオを書き始めたら。毎日、少しでもいいから書きなさい。書けないようなら、一文字でもいい。いや、書けない日は、今まで書いたシナリオを読むだけでもいい。そんな気持ちで毎日続けなさい。これをすることができれば、きっと自分が思っている以上に早く完成するだろう」
「あの、またシナリオでつまずいたら、ここに来てもいいですか?」と彼は寂しそうに訊いてきた。
「もちろんだよ。だけど、これからは、私たちの間には上も下もない、私たちは同志だよ」と私は言い、微笑んだ。彼も、安心したみたいで、笑顔になってくれた。
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僕は役者の卵。しかし、このたび卵の殻がようやく割れた。
役者の卵は、役者になるために二通りの方法がある。この国唯一の脚本家が書いたシナリオに、順番待ちをして役をもらうか。もう一つは、自分でオリジナルのシナリオを書いて、そのシナリオの主役として出演するか。
僕はオリジナルのシナリオを書くほう選んだ。シナリオの審査は、この国唯一の脚本家である神様が決める。
そして、このたび、僕のシナリオは神様から合格を貰ったのだ。
魂である僕は、神様から肉体を貰い、地球という舞台に立つ。
きっと、僕の劇は、『全天国が泣いた』と語り継がれるだろう。それほどの自信作だ。
なぜならサポートしてくれた方が親身になってくれたからだ。僕だけだったら、きっと作れなかった。
僕のシナリオを少し説明しよう。僕のシナリオは、バディもの、コンビもの。主役は僕で、相方は、もちろんサポートしてくれた方。
そろそろ上演時間だ。ハッピーエンドに向かって、思いっきり、この役を演じ切ってやろう。
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この世は舞台、人はみな役者だ。
ウィリアム・シェイクスピア (英:詩人,劇作家)
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