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〈4〉
そして今日、僕はやっと梨奈を食事に誘うことが出来た。
「ご飯ですか。いいですよ」
資格取得の勉強で忙しいと言っていたけど、僕との時間は取ってくれるらしい。
うーん わからない
この展開をいったい梨奈はどう思っているんだ。
ただでさえ彼女に翻弄されたら、こっちの身が持たないと言うのに。
スカートの裾を翻して颯爽と動く彼女を、僕は恨めしく思いながら目で追っていた。
梨奈がお気に入りの店を押さえてくれた。週末でもないのに人気らしく、おかげでスムーズに席に着くことが出来た。
「…君は、僕のことどう思ってる?」
注文を済ませると、テーブルを挟んで向かい合った梨奈に僕は尋ねた。
「どうって。あたしは、葉山先輩のこと好きですよ」
相変わらずストレートだ。
あっさり決着がついて、僕の方がテンパってしまう。
「あ…、りがとう」
「先輩はどうなんですか」
「…好き、だけど」
僕が答えると、梨奈はにこっと笑った。
「よかった。でも、何で聞くんですか?」
一緒に仕事をしてきて、僕も先輩として認められている自負はある。
僕は水を飲んで真顔で切り出した。
「君を見てると、聞かずにはいられなくなるんだよ」
「…もしかして、何かやっちゃってますか」
「君がとても素直なことは、わかってるつもりだよ。でも端から見たら、気を持たせてるだけに思えるかもね」
梨奈の目が丸くなり、みるみるうちに頬が真っ赤になった。やっぱり自覚なしか。
「君があの時、僕を選んだのは優しいからだって言ったよな。でも、僕だって男なんだよ」
言い過ぎかな
梨奈はうつ向いてしまった。
少し心配になって口を開きかけた時だった。
「…ごめんなさい」
梨奈が小さな声で言った。
「いや。僕もちょっと言い過ぎた。ごめん」
「あたし、先輩に甘えてましたね」
それは まあ 嬉しいけど…
「初めてなんです。こんなふうに男の人と過ごすのが」
「誰とも付き合ったことないのか」
梨奈はこくんと頷いた。
「優しくしてくれる人は皆、親の会社が目当てで。安心して話せる相手なんていませんでした」
「そうか…」
お嬢様の苦悩だな
僕は椅子に凭れてため息をついた。
「あたし、どうしたらいいですか」
どうって…
こっちが聞きたいよ
「従姉には自分から告ったりしたら、カラダ目的にされるって言われて。あたしは、先輩は違うと思ってるけど、そんなこと言われたらどうしていいかわかんなくて」
黒田の言葉を思い出した。
『さっさとモノにしろよ』
確かに その心配は妥当かもな…
「それ以前に距離感もバグってるし、何かタイミングとかもわかんなくて」
そうか。わかってきた。
梨奈は僕との距離を縮めないくせに、僕への好意をダダ漏れにさせてる。そのちぐはぐな言動で、僕を揺さぶってるんだ。
そういうことか。
「…先輩?」
黙ってしまった僕を、梨奈が心配そうに覗き込んだ。
僕は梨奈に微笑んだ。
「じゃあ、ちゃんと言うよ。僕と付き合って」
単純なもので、梨奈が僕のことを好きなら怖いものはない。こんなに堂々と言えるなんて、自分でも驚いてしまう。
「はい」
梨奈もほっとして笑顔になった。
その瞳が輝いてたのは、気のせいじゃない。
そうだ
あの時も思ったんだ
この笑顔を守りたいって
「何か変だったら、また言ってください」
神妙な顔でそう言われて、僕は思い出した。
「…うん。ちょっと違うけど、ひとつお願いがある」
「何ですか」
「そのスカートの丈、もう少し長めのも似合うと思うんだよね」
似合ってるけど、その格好で他の男の前を歩かれると、気が気じゃない。潔い彼女を好きになったのに、僕ときたらなんと女々しいことか。
「でも、他に持ってないなぁ…」
それでも梨奈は真剣に考えこんでいる。
服もネイルも
自分のやりたいようにやるって言ってたのに
僕のために?
「あ。じゃあ、買いに行きましょう。先輩も一緒に」
「え、僕も?」
「今度の土曜日にでも。ね?」
付き合ったことないって
言いながらコレだよ…
梨奈の素直な気持ちと突然のデートの誘いに、頬が熱くなる。僕は平静を装って応えながら、ちょうど運ばれてきたパスタに気を取られたふりをした。
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