27人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
〈1〉
僕は今かなり浮かれている。
嬉しいけど同時に困ってもいる。
なぜなら、狭いシングルベッドの隣には、白石梨奈が眠っているからだ。
『あたし、葉山先輩がいい』
彼女は迷わずにそう言った。
呆気にとられた周りに構わず、僕の手を取った。その手が少し震えているのに気づいて、僕は彼女を放って置けなくなった。すでに終電は出てしまっていたので、仕方なく家まで連れ帰ってきたのだ。
『何で、僕なの』
『だって、先輩は優しいから』
梨奈は少しはにかんだ笑顔で、僕の頬にキスをした。
『な、何だよ』
『助けてくれて、ありがとう』
誓ってもいい。
僕は手を出すつもりはなかった。
なのに僕が床で寝てると、梨奈はクッションを隔てて隣で寝ると言って聞かず、僕は根負けしてベッドで背中合わせになった。
おかげで明け方まで眠れなかった。
昨夜、会社の飲み会で盛り上がったメンバーで、二次会に行った。珍しく梨奈も参加していたから、男どもは皆気合いが入っていた。
酔った勢いで、誰が彼女を落とせるか賭けようという話が出た。僕は自分にそんな魅力も度胸もないことは重々承知しているので、聞こえないふりでその話をやり過ごしていた。
他の奴らは彼女の整った顔や、すらっと伸びた脚や見た目にすっかり盛り上がっていた。確かに梨奈は、破壊力抜群のプロポーションだ。
僕もそれは非常に魅力的だと思ってる。
でも、一番惹かれるのは…
『あたしは好きでこのカッコしてるんです。誰かのためになんかじゃない』
きっぱりと正面から自分の意見を言える彼女が、とても眩しかった。
いつもひらひらのミニスカートをなびかせ、男たちのため息を誘う。週替わりのネイルアートに縁取られた指先は、細くてしなやかだ。そして、またそれらがよく似合っている。
一昔前なら、何をしに会社に来てるんだと首を捻りたくなるようなファッションだ。
案の定、その格好は他の女性社員のやっかみの的となっている。男に媚びるためのだの、合コンで男と遊びまくっているだのと噂も立つくらいだ。
当然、「そっち」の経験も豊富だろうと。
しかし、だ。
見た目をいい意味で裏切って、彼女はとても有能な人材だった。
与えられたものをただこなすのではなく、効率よく何を求められているのかも瞬時に把握する。
僕の同期の黒田なんか、3年目の彼女の足元にも及ばない。僕だって先輩の立場が怪しくなるくらいだ。
『先輩。ここのグラフって、こっちの方が見やすくないですか』
『…確かに』
『じゃあ、コレで行きますねー』
彼女は残業せずに帰ってしまうことも多い。僕も初めはそれが気に入らなかった。
確かに「遊んでる」と噂される原因にもなっているのだが、ある時そのことを彼女と話す機会があった。
『昨日は帰っちゃってすみませんでした。その代わり、家で仕上げてきました』
手渡された資料は完璧だった。僕は素直に感心してしまった。
『へえ、やるなあ。残業サボって遊んでるとばっかり思ってた』
『あたし、将来は親の会社を継がなきゃいけないんですよ。だからCFPとか宅建とかの資格も取らなきゃだし、やること結構あるから暇じゃないんです』
そんなのは初耳だ。
意外としっかりしてるし真面目だし、おまけに結構お嬢様ってこと?
僕は彼女にちょっと興味が湧いてきて、わざと意地悪く聞いた。
『でも、ネイルサロンに行く暇はあるのか』
『従姉がネイリストなんで、家まで来てくれるんです。モデルやってよって言われるけど、要はあたしで遊んでるんですよ。服も好みが合うから貰うことも多いし』
心なしか、梨奈は少しムキになってそう答えた。
『ふーん。そうなんだ』
それにしても跡継ぎだなんて。
梨奈だったらその気になれば、玉の輿だって夢じゃないだろうに。
『仕事なんて婿にやらせればいいじゃん』
『無理無理。うちの両親、すっごい厳しいから。眼鏡に適わないとムリですよ』
『厳しいって言うけど、そういう格好とかネイルとか何も言わないの』
『仕事はちゃんとこなしてるんだから、文句なんか言わせない』
梨奈はそう言って得意気に笑った。
最初のコメントを投稿しよう!