卵株式会社

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卵株式会社

 従業員たちがぞろぞろと大会議室へ向かう。月曜の朝礼。視線の先には社長の威厳ある立ち姿。一同へ発破をかける。 「まぁ、騒動があった直後だからなぁ。社長も気合いが入ってるだろうよ」 「ほんと、丸く収まってよかったよ」  社長の訓示が続くなか、従業員たちは口々に言い合った。  それはとある幹部の独立から始まった。志を異にしたその幹部は、黒卵株式会社という名の法人を起ち上げ、古巣である卵株式会社の競合として立ち回った。  社名のとおり、黒卵株式会社が提供する卵の殻の色は黒く、パカッと割ると、中からは黄身ではなく、黒身が飛び出した。悪魔的なその卵は、どこか中毒性のある味をしており、瞬く間にシェアを奪っていった。  町の定食屋や中華料理屋でも、一様に黒卵が使用され、客たちも好んで黒卵を使った料理を注文した。 「客たちはまるで洗脳されたように黒卵の料理を食している」 「良からぬ成分が入っているに違いない」  平穏が脅かされた食品業界では、黒い卵が市場を席巻していく様を不安視する声が相次いだ。一方、そんな雑音はどこ吹く風。黒卵株式会社の経営状況は、卵の色と同様、黒字拡大を続けていた。  中毒性ある味に人々が虜になる中、世間ではある現象が目立っていった。どうやら黒卵を食べ続けると、人は他者とのコミュニケーションを遮断したくなるらしい。卵だけに、人が殻に閉じこもる。黒卵が普及すればするほど、どんどんと閉塞感を増す社会。それでも、その魅力にとり憑かれた人々は、黒卵を食し続けた。  黒い企みがあるに違いない――殻に閉じこもっていく人々を危惧し、業界では黒卵株式会社の陰謀を疑う声も出始めた。  そして、時は来た。  黒卵株式会社の社長が、新興宗教の教祖として名乗りを挙げたのだ。  それと同時に、黒卵株式会社から新商品が発表された。その名も黒卵丼。漆黒の様相を呈するそれは、真っ黒な卵でとじられた丼だった。新たな商品のリリースに湧く消費者たち。だが、食品業界はもちろんのこと、学会の者たちにとってはそれが何を意味するのか一目瞭然だった。 「世界を黒い卵でとじるつもりだ。邪教の祖に支配された世の中――我々は黒く覆われてしまうのだ……」  そこで立ち上がったのが、卵株式会社の社長。つまりは、黒卵株式会社のトップであり、数多の信者の上に立つ教祖の元上司――育ての親だ。  どこで育て方を間違えたのだろう……社長は元部下の暗躍に胸を痛めていた。そして、見かねた社長はついに行動に出た。親と子の関係ならではの強硬手段。社長は大胆にも、商売敵である黒卵を用いた新商品を、自らの会社からリリースした。その名も〈鶏肉マシマシ親子丼〉。悪しき黒卵を覆うほど贅沢に使用される鶏肉。その上に、過激なほどの七味を振りかけたインパクトある商品だった。見るからにマッチョな風貌と、脳をデトックスする七味の刺激に、黒卵の中毒性はかき消されていった。  豪快で痛快な親子丼の人気は、黒卵の存在をなぎ倒した。陰鬱さを強いられていた社会にもいつしか活気が戻り、人々も社交性を取り戻していった。卵だけに、見事に殻を破ったというわけだ。  黒卵の魔力から解毒された市井の者たちは、その味に違和感を訴えはじめ、気づけば市場から黒い卵は姿を消した。  世直しとばかり鶏肉マシマシ親子丼に振りかけられた大量の七味――黒い卵を駆逐した赤色が示すとおり、黒卵株式会社の業績は大幅な赤字へと転落。勃興した新興宗教も消滅した。  熱を帯びた社長の訓示は続く。 「我が社は、前代未聞の乱世ならぬ、卵世に打ち勝った。これからもたゆまぬ努力のもと、人々に美味しい卵を提供していく所存である!」  従業員一同を鼓舞する社長の鶏冠(とさか)はそそり立っている。 「もう一度、皆の胸に刻んで欲しい! 我が社の社訓である〈卵こそが、この世を、元気にする〉。そう、TKGの精神を!」  社長の雄叫びが静まり、朝礼の終わりが告げられると、従業員たちはぞろぞろと大会議室をあとにし、それぞれの鶏舎へと戻っていった。
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