たまごやきをつくろう!

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 オレっちは玉子焼き器。自慢じゃないが、5年間ほぼ毎日玉子焼きを作ってる。  朝飯は勿論、弁当の分も作るから、結構な仕事量さ。でも、ここの奥さんとも長い付き合いだ。オレっちの扱いも慣れたもんで、その量を手早く作っちまうし、出来上がりもフワフワのトロトロ。正直、絶品だと思うぜ。オレっちもそんな仕事を手伝えて鼻が高いってもんだ。  さて、そんなもんで今日もやってやるかと気合十分なんだが、奥さんが起きてこねぇ。さては寝坊したか?  そんな心配し始めた頃に、ようやく身体が持ち上がった。よっしゃ出番だ。遅れを取り戻すために、今日はオレっちも頑張る… ガンッ  いてて…。なんだ、今日は随分と雑な扱いじゃねぇか。珍しく旦那と喧嘩でもしたか? …いや、旦那は昨日から出張って言ってたから、そりゃないか。  そう思いながら、相手の真剣な表情見て…全部察しちまったよ。こりゃ、今日は大変な仕事になりそうだ。  玉子をコンコンと叩くのは良し。割るのは…まぁそうなるよな。おい!失敗するのはいいが、殻はちゃんと外に出せ!そのまま混ぜ始めるな!しかも混ぜ方が足りねぇ。ほぼ黄身と白身がわかれたままじゃねぇか!なにが「よしっ」だ。全然良くねぇよ!  ようやく下準備が終わった。  …これからオレっちの仕事だってのにもう疲れた。ただ泣き言も言ってられねぇ。むしろここからが本番だ。  コンロの火は付けられ…たな。一安心だ。火の強さをもう少し弱めてくれるとありがたいが。  さぁ、ここからは一発勝負。玉子を入れたら後戻りはできな…ちょっと待て、油はどうした?!このまま入れたらオレっちにくっついてきれいに作れな…あーあ。  まぁ、もう玉子を入れちまった。ここからは被害を最小限にできるようにオレっちが頑張るしかねぇな。ほら火が強ぇから、もう返し始めねぇとダメだぞ。…返し始めねぇとダメだぞ。おい、返し始めろ!肉と違ってこんなにじっくり火を通す必要はねぇよ!あぁ、焦げる、むしろもう焦げ始めてる!火が強すぎなんだよ、気付け!もうパリッパリじゃねぇか!  …それは最早玉子焼きと呼ぶには失礼な代物だった。いや、玉子を焼いてはいるから『玉子焼き』ではあるのか。  案の定、それはオレっちにくっついた。パリッパリのカリッカリに焼いたから、きれいに巻くこともできず、フライ返しで削ぎ落としてなんとか皿に入れた。オレっちの玉子焼き器人生で間違いなく最低の出来だ。もう、味付けをしてないことにツッコミを入れる気力もない。今日は本当に疲れた。 …でもまあ。  オレっちがここに来たときにチビだった坊主が、誇らしげに『玉子焼き』を持っていく背中を見るのは悪くねぇ。  風邪で弱った自分のために作ってくれた『玉子焼き』を涙流しながら布団の上で食べる奥さん。その姿を見るのも悪くねぇ。 こんな日がたまにはあってもいいか。 今日もいい仕事をしたぜ。
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