卵をぶん投げたい

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 僕と鶏内は仲が良くも悪くもない。唯一の共通点といえば3年間同じクラスだったことぐらいだ。おそらく彼女と会話した文字数は百文字もいかないのではないか?そう思えてしまうほどに接点がなかった。 「まずは下手投げかなぁ」  鶏内は右足を退き、卵を持った右腕で数回素振りを行う。なぜこんな状況になったのか?僕は遅れた課題を提出して、先生から小言を言われて帰るのが遅くなっただけなのに。 「じゃ、いくよ」 「え、ちょっ…」  僕の返事を待たずに鶏内はゆっくりと卵を投げた。僕は咄嗟に両手を構えて、なんとか受け止める。割れないように衝撃を逃がす為、体と手を動かす。両手を広げると卵は割れていなかった。 「あっぶねぇ」 「おぉ、やるねぇ」  彼女はニヤリと笑いながら両手を構える。投げ返せということなのだろう。僕も下手投げでゆっくり投げた。鶏内は難なくそれを受け取った。 「…なんでこんなことすんの?」 「なにが?」 「ほとんど話したことない僕とキャッチボールなんて、しかも卵で」  フードロス等が騒がれている昨今、よろしくはないのではないだろうか。 「今この瞬間、学校の廊下で卵でキャッチボールしてるの私達だけだよ」  こんな意味の分からない状況、他にあってたまるか。彼女は再び卵を投げる。僕はそれをなんとか受け取る。 「私がこんなことするのおかしい?」 「そりゃそうだ。鶏内といえば、うちの学校始まって以来の秀才とかいう人もいるぐらいだ。そんな優等生様がこんなおかしなこと普通やらないよ。大体なんで卵なんだ」 「アメリカの野球の試合では隠し球のためにジャガイモを使った選手もいるそうよ」  ピンとこない雑学を披露しながら、鶏内はやや後方に下がる。どうやら徐々に距離を空けていくようだ。僕らは卵を投げ合いながら会話を続ける。 「あなたの言う通り私は優等生よ、頭もいいし、顔もいいわ。だからこそよ」 「どういうこと?」 「多くの人に注目を浴びるってことは、できないことが増えるってことよ」 「それが卵キャッチボール?」 「そうよ」  もっと他にあるとも思うが、確かに鶏内が学校の廊下で卵を投げるなんて想像もつかない。教師も面食らうことだろう。 「私は、 が絶対にやらないことをやりたいの。私、今日でこの学校最後だから」  三年生も半ば過ぎたこの日、鶏内 穂香は転校するのだ。
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