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風評被害になるといけないので、町の名前は伏せさせて貰うことにする。とりあえずA町とでもする。
家族そろって温泉が大好きな一家だが、温泉で有名なこのA町に来たことはなかったのだった。娘の高校受験も無事終わったことだし、春休みの間に一度旅行をしておこうとなり、今回奮発することにしたのである。つまり、ちょっぴり高いホテルに泊まったのだった。
ホテルで夫がチェックイン、娘がトイレに行っている間、私が荷物の見張り番である。
今日はどのルートで町を回ろうか、そんなことを考えつつぼんやりしていた時だ。
「ねえ」
突然、可愛らしい声がかかった。あれ、と思うといつの間にか小学校低学年くらいの女の子が目の前に立っているのである。
今どき珍しい、オカッパ頭。私はついつい、学校の怪談なんかに出てくる“トイレの花子さん”を想像してしまっていた。あるいは、ちびまるこちゃん、だろうか。どこか古風な赤いミニスカートのその子は、私をじいっと見つめてこう尋ねてきたのである。
「おばさん、神社行った?」
「え」
「ねえ、神社行った?」
何でそんなことを訊いてくるのだろう。私は首を傾げつつ、行ったけど、と応えた。多分、この町に入ってすぐの場所にあった、小さな神社のことだろう。
バス停からも遠くなく、丁度目に入ったのでホテルに行く前に三人でお参りしたのだ。この旅行が楽しいものでありますように、家族が健康でいられますように。お願いしたのは精々それくらいである。普段とさほど変わらない。
すると女の子は眉をひそめて、あのさ、と続けたのだった。
「もう行かない方がいいよ」
「ええ?」
それはどういう意味なのだろう。私が尋ねるよりも前に、彼女は背を向けてぱたぱたと走り去ってしまった。そのままロビーを出て、どこかへ姿を消してしまう。このホテルに泊まっている子なんだろうか。それとも、地元に住んでいる子なのか。あっけにとられていると、娘が丁度トイレから戻ってきたのだった。
「お母さん、どしたのー?なんかフグが的鉄砲食らったみたいな顔してる」
それを言ったら“鳩が豆鉄砲”である。
こいつ、これでよく高校に合格できたな、と私は少しばかり呆れてしまったのだった。
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