恋心、落としました。

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恋心、落としました。

 近年では飲み会に誘われても、お酒をまったく飲まないという奴はいる。  昔なら上司や先輩にもっと無理強いされたのかもしれないが、今の御時世でそれをやったら立派なパワハラでアルハラだ。そもそも下戸に無理に飲ませたら死ぬ危険性だってある。  よって、僕は先輩にどれほど誘われようと、同級生に“空気読めないやつ”と言われようと、何が何でも飲まないことにしているのだった。二十歳になってすぐ飲んだお酒、コップ二杯飲んだだけで撃沈した事実を忘れてはいないのである。爆睡したりゲロったりで人に迷惑をかけるくらいなら、一切飲まないを貫き通した方がいいのだ。  それに僕は少し前にとある会社に内定を貰っている。そこが深夜の仕事ということもあり、はるからはマイカー通勤が確定しているのだ。免許は持っているものの、あまり運転が得意ではない僕である。今のうちに練習しておかなければいけない。明日朝から車で出かける予定でいるし、万が一も考えて絶対お酒を飲むわけにはいかなかったのだ。 「瑛亮(えいすけ)ってば、マジでごーじょー」  今日僕のコップにお酒を灌ごうとし、尽く失敗した大学の同級生は。べろんべろんに酔った状態で、僕の胸にもたれかかった。まるで恋人のような仕草である。やめんかい、と僕は彼の肩を背負い直しながら突っ込んだ。 「誤解されそうなこと言うのやめーや。ほら、タクシー来たから」 「うーっすぅ、タクシーのおっちゃーん!」 「すんません、こいつ自宅まで送ってやってください。住所は……」  飲み会の会場となった居酒屋は、駅からさほど離れていない場所だった。よって多くの仲間は電車で帰宅するのだが、こいつのように足取りも覚束ない奴は一人で帰ることなどできない。というか、こいつの場合は以前駅のホームから転落して、駅員さんに多大な迷惑をかけている。  こういう時はタクシーを読んで、乗せて帰って貰うしかないのだ。幸いこいつは家族と同居しているし、家まで到着すれば親がなんとでもしてくれるだろう。 「……あんたも苦労してんだね。はいよ」  僕の疲れた顔を見たタクシーのおじさんは、呆れ果てた顔で彼を引き取ってくれた。そういえば、前にもこのおじさんのオセワになった気がする。そろそろ顔を覚えられたかもなぁ、なんてことを思う僕。  彼を乗せたタクシーが夜闇に消えたところで、僕も駅の改札へ向かおうとした。そして、定期券を取り出そうとして固まることになるのである。 「どうした瑛亮?」  先輩達が、不自然に固まった僕を見て声をかけてきた。僕は油が切れたブリキ人形のようになりつつ、ぎぎきぎぎ、とぎこちない動きで顔を上げる。 「て、定期券が、ありましぇん……!!」
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