恋心、落としました。

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 ***  僕はソッコーで、居酒屋までの道を戻ることにした。ちなみに僕たちは大学のサークル仲間であり、サークル終わりに居酒屋に寄ったという図である。少々道は暗いが、大学へ行く途中ということもあって数年通い慣れた道だ。何がどこにあるのか、は大体わかっているつもりだった。 ――定期券定期券定期券定期券定期券定期券定期券定期券定期券定期券っ!どこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこおおおおおおおお!?  店に戻って尋ねてみたものの、それらしき落とし物はなかったと言われてしまった。閉店間際なのに、座席の付近をもう一度探してくれた店主さんには頭が上がらない。  大学に行くまでは、確かに定期券を使って電車に乗ってきている。そして、よくよく思い出してみたらさっき居酒屋で会計をした時にもあったような気がする。ということは、酔っぱらいの同級生を連れて帰る道中でうっかり落とした可能性が高いということである。  まったく、僕もどうかしている。定期券は、パスケースに入れてチェーンでカバンと繋いでいたのだ。そのチェーンごと外れてなくなっているのだから、絶対落ちた時それなりの音がしただろうに。  居酒屋から駅までの道を、さっきまでよりさらにゆっくりな速度で進んでいく。植え込みを確認して蛇行して歩く姿は、まるでクン活に勤しむ犬のようではないか。 「!」  駅まであと少し。郵便局の横を通り過ぎようとした、その時だった。  制服を着た女子高校生らしき女の子が、ポストのすぐ脇に落ちていたものを拾っている。きらり、とチェーンが街灯の灯りに照らされて光った。僕は思わず声を張り上げる。 「そ、それ僕の!」 「!」  彼女はびくりと肩を震わせて僕を見る。黒いボブカットの髪が揺れた。僕はスタスタスタ、と彼女の元に歩み寄る。 「拾ってくれたんですね、ありがとうございます!すみません、帰り道で落としちゃって、探してたんです」 「……そう、なの。これ、あなたの……」 「はい」 「……そう」  彼女は何度か僕と定期券を見比べた後、パスケースを返してくれた。そして、ばつが悪そうに視線を逸して言うのである。 「もうすぐ終電じゃん。こんな時間に彷徨いてるなんて、不良なのね」 「それ、君に言われたくないよ。夜遊びするなら制服は着替えるんだね。補導されても知らないよ?」 「それも面白そうかも。警察署とか、どんなところか気になるし。留置所のご飯は意外とマズくないって聞いたことがあるし」 「あのねぇ」  どこまで本気なのやら。僕はため息をついた。まだ大学生とはいえ、僕も年齢的には立派な大人だ。言うべきことは言わねばならないと、そう思ったのである。 「夜中に女の子一人出歩くのは危ないよ、早く帰りなって。お母さん心配してるかもだよ?」  見知らぬ女の子相手になんともお節介である。そして、お母さん、と言ってから失言だったかもしれないと気がついた。彼女の家庭の事情を、僕は何も知らないのである。ひょっとしたら父子家庭なんてこともあるかもしれないし、もっと複雑な事情があってもおかしくはあるまい。  すると、彼女は眉を顰めて言ったのだった。それは、僕のお節介を嫌がる言葉とか、拒絶のそれではなくて。 「あんた、怒らないの」 「え」 「あたしが何しようとしたか、気づいてんでしょ」 「…………」  さっきのことだ。僕が慌てて駆け寄ったのは、彼女がパスケースを自分の鞄に入れようとしていたこたに気がついたからである。  確かにパクられてしまったら、大いに困ることになっていたのは間違いないが。 「ちゃんと返してくれたから、全然いいよ。それより、君のことが心配だ。遠くに行きたかったの?」  僕の言葉に、彼女は“わかんない”と答えたのだった。 「ねえ。……駅まで一緒に行ってもいい?あたしも……帰るから」
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