恋心、落としました。

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「……帰りたくないのもあるし、それだけじゃないかも」 「ふうん」  大雑把な性格なのか、彼女のサブバックのチャックは半分くらい開いていた。中から見えているのは、塾で使うと思しき参考書の類だ。  高校三年生。今は、九月。受験生ならば、本来外をふらふらしている場合ではないはずである。そして、彼女は髪も染めていないし、スカートもそんなに短くはない。煙草や酒の気配もない。とても不良生徒であるようには見えなかった。  ということは、ひょっとして。 「受験が嫌で、塾をサボってきたとか?」  僕の言葉に、楓、と名乗った少女の肩が僅かに震えた。どうやらビンゴらしい。 「受験、したくないのか。それとも受験勉強が嫌とか?」 「両方。つーか、それに纏る全部がイヤ」  はああ、と彼女はシートに深く沈み込んだ。 「あたし、ほんと頭悪いの。暗記物が全然覚えられねーし、数学もちんぷんかんぷんだし、ほんと取り柄らしい取り柄もなくってさぁ。でも、親は四年制大学出てないと雇ってもらえないから、受験しろ受験しろって煩くて。無理矢理入れられた塾は、偏差値至上主義ってかんじで、あたしみたいな出来の悪い生徒はお呼びじゃないオーラがすげーっていうか?眠いだけの授業を何時間も聞かされて、しかも大量に宿題出されるのが嫌で嫌で……今日は、フけてきちゃった」  しかもさ、と彼女は力なく笑う。 「家に帰るのも嫌なの。今、あたしが家に帰ったとするじゃん?絶対……心配されるより先に、塾サボったことを頭ごなしに叱られるんだよ。なんであたしが塾に行きたくないかも聞いてくれないし、聞いてくれたところで受験しろとしか言わないの目に見えてるし。もうそんなこと考えたら、遠くまで行きたいなーって思っちゃって。それで、つい……定期券パクろうとした。ほんと、ごめんなさい」 「それなら、良かった」 「何が?」 「君が僕の定期券を盗る前に声をかけられて良かったってこと。君を犯罪者にせずに済んだよ」 「…………」  そう告げると、彼女はまじまじと僕の顔を見た。 「あんた、やっぱりヘン。そこで何であたしの心配なわけ?意味わかんない……定期券パクられそうになったんだから、ちょっとは怒ればいいのに。この悪党!って」 「本当の悪党は、そんな罪悪感のある顔しないよ。心から謝ったりもしない。もう、僕がいいって言ってるんだからいいじゃん」 「マジでイミフ……」
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