恋心、落としました。

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 まだ、僕の家の最寄り駅までは遠い。停車してドアが開いたが、彼女はおろか他の車両からも降りる気配はなかった。大学のある駅が二つ隣。ここは小さな駅だから、こんな時間に乗り降りする人などほとんどいないのだろう。  微かに虫の鳴く声がする。まだ蒸し暑い時期だが、秋は確実に近づいているようだ。 「今からでも間に合うならさ。大して勉強しなくても入れる大学に行ったら?推薦とかなら、普通の受験しなくても入れるかもよ。四年制大学にさえ行けばいいってんなら、親もそれで納得してくれるんじゃない?」  ちょっとだけ眠くなってきた。僕はあくびをしつつ言う。 「僕も勉強苦手だったし、受験もう一度やれって言われたら死んでもゴメンだから気持ちはわからなくもないよ。でも、大学に行くのは意味があると思うから、そこはオススメしとく」 「大学ってそんなに楽しいわけ?」 「楽しいよ。クラスって縛りがなくなるから、煩わしい人間関係に悩まなくて済むし。自分でカリキュラム組んで授業を受けられるから、必修以外の科目は好きなものだけ取ればいいし。ていうか授業が全般的に、高校までとは全然違う。大学の授業はヘンなものが多くて、高校までよりずっと面白いよ」  それは、僕自身の忌憚のない意見だった。楓も興味を持ったのか、そうなの?と目を丸くしている。 「あと、勉強苦手な君に素敵な情報を教えてあげよう。テストで点数が決まる科目も少ない。レポートと出席日数頑張れば単位もらえる科目は結構あるよ。暗記物は僕も苦手だからさ、テスト科目は可能な限り避けてる」 「そんなこと、できるんだ」 「できるできる。あくまで僕の通ってる大学の場合だけど……高校よりずっと留年の心配しなくてよかったからね。ちゃんと真面目に授業受けてりゃいいだけだもん」  裏を返せば、一年のうちからサボりぐせがついてしまった奴は大変なことになるわけだが。僕が通うような偏差値がそこまで高くない学校でも、のんびりした校風なのでそこまで不良な生徒もいない。誰それが留年の危機なんて話も殆ど聞かなかったりする。 「サークルも楽しいしね。お酒飲めなくても飲み会も楽しいっちゃ楽しいし。……まあ、僕は君の親でもなんでもないから、参考程度にね」  ドアが閉まる。発車。そういえば、この子が降りる駅はどこなんだろう、と思った。
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