3人が本棚に入れています
本棚に追加
「確かに君の親はきっとカンカンに怒ってるだろうけどさ。塾をサボったことを怒るだろうけどさ。この時間まで帰らずにいて、心配してないってことはきっとないと思もうよ。だからちゃんと謝って、その上で君の本当の気持ちを伝えなよ。無理にやりたくないことやろうとしたって、人間限界があるんだからさ」
「マジで変な人。勉強頑張れーとか言わないわけ?頑張ればきっとできるようになるよーとか」
「そりゃ、頑張ればいつか出来るようになるだろうけどさ。僕が20%努力すればできることを、君は200%頑張らないとできないかもしれないし、そよ逆も然りだろ。そこまで自分を削って頑張るべきだとは個人的には思わないし。だったら、自分が本当にやりたい道を目指して頑張ったほうが人生有意義ってなもんさ」
「つまり、あんたは今有意義なんだ?大学に行ってさ」
「まあね、そんなとこ」
「そっかぁ」
ふふふ、と彼女は笑った。気のせいだろうか。なんだかさっきまでより、その声が明るくなったような京介がするのは。
そんなに面白いことを言ったつもりもないのだけれど。
「……今日、サボって寄り道して良かったかも。……大人って、大学生って。なんか悪くないのかなって、そんな気がしてきた。ありがとね、不知火サン。……見知らぬ他人なのにこんなに心配してくれて、考えてくれて、めっちゃ嬉しかった」
次は●●駅、とアナウンスがかかる。彼女は天井をちらりと見て、鞄から手帳とペンを取り出したのだった。そしてそこに、さらさらさら、と何やら文字を書くと、一枚ちぎって僕に渡してきたのである。
「これ、あたしのメアドと電話番号。あんたのも教えて」
「え、え?なんで……」
「決まってんじゃん」
ナハッ!の彼女が向日葵のように笑うと同時に。ボブカットの紙がふわっと持ち上がった。まるで花が咲いたかのように。
「あたし、あんたのこと好きになっちゃった。あんたが面白いっていう大学に行ってみたい。いろいろ教えてよ、これからも。あと二駅で降りなきゃ行けないから、その前にさ」
僕は目を白黒させて、その切れ端を受け取った。そう、受け取ってしまったのだった。
こんな漫画のような展開、あるのだろうか?僕はイケメンでもなんでもないのに、彼女はなんでこんな僕に興味なんか持ったのだろう?
ここから先がどうなるのかなんて、まだ誰にもわからない。
ただ一つ確かなこと。それは。
僕はあの夜、定期券と一緒に――何やらとんでもない“落とし物”をしてしまったらしい、ということだった。
最初のコメントを投稿しよう!