たまごから産まれた女の子

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 僕が彼女と会ったのは合計で三回だけだった。一回目は水族館に行き、二回目は美術館に行き、三回目はホテルに行った。それでおしまいだ。だから僕は彼女の好きな食べ物も知らないし、好きなアーティストも知らない。そもそも彼女が音楽を聴くのかどうかも分からない。僕は彼女について、友人と同様になにも知らないのだ。  でも僕は、彼女の存在を今でも正確に描写することができる。肩に掛かるくらいの髪の毛、二重の瞼と繊細そうなまつげ。すらりとした鼻筋。首筋にある小さなほくろ。小さくも大きくもない胸と、神経質そうな指先。  無口な女の子だった。にもかかわらず、ロマンチストだった。  綺麗な女の子だった。にもかかわらず、目立たない女の子だった。  いつも憂鬱そうな表情をしていて、何かの拍子ですぐに割れてしまいそうな儚さがある。鋭い鉈で語尾をすっぱりと断ち切るような特徴的なしゃべり方をする。    僕らを引き合わせたのは運命の赤い糸でも、恋のキューピットの仕業でもなく、誰でも利用できる大手マッチングアプリだった。彼女は無象にいる女性紹介ページの片隅でひっそりと息を潜めるように存在していた。  彼女は年齢も自分の趣味も明かさなかったし、メッセージの内容も僕が話した会話のリアクションをするだけのそっけないものだった。彼女が送る文面には感嘆符がなかったから、相手の感情を読み取ることができないのだ。  しかし前述したように、僕たちは二回のデートを経た後にホテルに行き彼女と身体を交わらせた。どうして彼女が身体を許す気になったのか僕には分からない。僕は彼女の冷たい心を溶かすような言葉を言って覚えはないし、彼女の方も僕になんの興味も抱いていないようだったからだ。  だから僕は最後に身体を許すことで別れを言っているのではないかとその時は思った。
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