たまごから産まれた女の子

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「私はね、たまごから生まれてきたらしいの」  裸のままベッドの淵に座った彼女は至って真剣な表情で打ち明けるように言う。彼女が自分から何かを話すのは初めてのような気がした。  僕はベッドに寝転がったまま、彼女の産毛一つない綺麗な身体をぼんやりと眺めていた。 「でも君には濃い体毛も大きな翼もないように見える」 「たまごから生まれるのはなにも鳥類だけじゃない」 「確かにそうだね。もしかしたら、カメかもしれないしヘビかもしれない」と僕は少しだけうんざりして答える。「でもどうして自分がたまごから生まれたって思うの?」 「両親からそう言われて育ったの」 「ずいぶん意地の悪い両親みたいだ」と僕は口を曲げて言う。「両親のことは嫌い?」 「好きでも嫌いでもない。あなたがわたしだったら、両親のことを嫌いなる?」 「どうだろう。分からないな。でも、ポジティブに考えることはできる」 「言ってみて」 「例えば最近のたまごの値上がりだね。物価は上がり続けてて、価値が高くなってる。君の両親はたまごの物価が上がるのを予想して、右肩上がりで登っていく君の人生を願ってそう言ったのかもしれない」  当たり前だけど、彼女の口角は一ミリも上がらなかった。彼女はなにも言わないまま死に絶えた地球の表面みたいな表情で僕のことを見ていた。 「悪かったよ。今のは冗談なんだ」  僕の謝罪は薄暗い部屋を意味もなく漂ったあとにそのまま消えていった。 「ときどきね、私は考えるの。たまごが先か、ニワトリが先かっていうことを」と彼女は表情を変えずに言う。「あなたはどう思う?」 「どう思うって、つまりたまごが先かニワトリが先かっていうことが?」  僕は訊ねたが彼女から返事が返ってくることはなかった。だから僕は試しに彼女の問いについて真剣に考えてみることにした。それ以外今の僕にできることはないように思えた。薄暗いラブホテルの室内。脱ぎ捨てられた衣服達。使用済みのコンドーム。裸の女。小雨の雨が屋根を叩く音。ほら、今のもう僕にできることは何一つない。
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