たまごから産まれた女の子

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 数分が経過したがやはり答えは出なかった。一介の大学生だった僕には手に余る問題だった。 「申し訳ないけど、僕には結論は出せそうにないよ。でも僕の妄想でいいのなら答えられる」と僕はお手上げのポーズをしてから彼女に言う。 「言ってみて」 「僕はたまごが先だと思うな」 「どうして?」」 「昔々、神様は何かを創造したくなった。神様っていうのは何かを生み出し続けないと退屈で仕方ない人なんだ。それで神様は白い殻で覆われた楕円形の球体を作ってその中に命を宿した。その中から何が生まれてくるのか神様自身にも分からない。そういう遊びだったんだ。それで白い殻の中から産まれたのが、赤いトサカと白い羽を生やした鳥だったというわけ」  その答えに彼女は落胆も失望の表情もしていなかった。感情が全く読み取れない無表情で僕のことを見ていた。 「あなたは聖書を愛読している人なの?」 「いや、聖書は一度も読んだことはないよ。幼稚な答えしかできないだけさ」僕はお手上げのポーズをして言う。「それにしても、どうしてそんなことを考えるのさ?」 「このことを考えるとね、いつも出口のない迷路に迷い込んでしまったみたいな気持ちになるの。その迷路はとてつもなく広くて冷たい場所なの。もちろん私の周りには誰もいない。そしてね、だんだん自分の存在が分からなくなってくる。自分が一体なんなのかわからなくなる」 「なら、そんなこと考えなければいい」 「私はこの問題を考えないわけにはいかないの」 「それは君がたまごから産まれてきたから?」  彼女はやはり何も言わなかったが、コクリと頷いているようにも見えた。   「ニワトリ問題の答えは分からないけどさ、一つだけ分かることがある」 「教えて」 「もし仮に君がたまごから生まれたんだとしたらさ、それはとてつもなく綺麗な柄をしたたまごだっていうことだよ」 「なんでそう思うの?」 「それはもちろん、君が綺麗だからさ」  彼女は僕の目をじっと見ていた。僕の言葉の隅々まで確かめてその真意を確かめているようにも見えた。   「ああたはウソをつく人?」 「できるだけ正直に生きていたいとは思ってるよ」  薄暗い部屋の中の沈黙を漂った。聞こえるのは、安っぽい置き時計が秒針を刻む音と彼女の吐息だけだった。 「好意はあなたにあまり伝わっていないかもしれないけどね、わたし、あなたのことがけっこう好きなの」と彼女は突然言った。 「それは驚いたな。僕の何が気に入ったの?」 「あまり話さないところ」 「じゃあ無口を貫いた甲斐があったっていうもんだね」  ベッドの中で彼女が少し動き、彼女の甘い香りが僕の鼻孔をくすぐった。 「一つお願いしてもいい?」 「いいよ」 「次会った時、わたしに告白してくれない?」 「今じゃダメなの?」 「私たちはきっとまたいつか出会うと思うの。それも偶然。町ですれ違うだけかもしれないし、車の信号待ちでガラス越しかもしれない。場所はなんでもいい。とにかく私を見つけたら告白してほしい」 「それが君の願いの訳だね?」  彼女は頷いただけで何も言わなかった。  だから僕はわかった、とだけ言ってそのまま二人で寄り添い合って眠った。  僕が起きると彼女はいなくなっていた。彼女が寝ていたらしい痕跡をなくなっていて、ベッドからは温かみというものが簒奪されてしまっていた。  起き上がり窓に近づいてカーテンを開け、外を眺めた。まだパラパラと雨が降り続いているらしく、街を歩く人は皆傘を差して足早にどこかに向かって歩いていた。  僕はいつの間に彼女の姿を探し求めていた。しかし頭上からでは傘の下にいる人の顔が見えるわけはなく、僕は様々な模様の傘をぼんやりと眺めていただけだった。チェックアウトの時間が来るまで、僕はずっとそうしていた。
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