0人が本棚に入れています
本棚に追加
私は一人だった。
親は物心がついたころにはもうおらず、周りの者たちには、生まれつき歪な形をしている足のせいで遠ざけられた。だから、たった一人で、必死になって生きることを選んだ。
生きることというのは正直、辛いだけじゃないのかと、何度も考えたことがあったのだ。それでも、私は生きた。『生』よりも『死』のほうが恐ろしかったから。
だから生きるためならば、どんなことだってした。盗みもゴミ漁りも、挙句の果てには死体を漁り、その死肉を口にしたことだってある。初めて食べた人間の肉は、あまり美味しくなかった。
一度やってしまえば後戻りなどできるはずがなく、繰り返し行った。普通に獲物を捕まえるよりも楽だったから、というのもある。少しばかり治安の悪いところへ向かえば、死肉などいくらでも転がっている。たとえ美味しくないとしても、飢えにやられるよりはましだ。
そんなことを繰り返していたら、ある日大きな人間に捕まった。逃げようとしたけれど、相手は大人数で私を追いかけてきた。それに、もう慣れたとはいえ、歪な形をしたこの足では逃げ切ることは難しい。私には人間の言葉はよくわからないけれど、私を捕まえた人間が何か言っていたような気がする。
気が付けば、私は顔だけを出した状態で体を地面に埋められていた。抜け出そうとどれだけ暴れても、しっかりと固められているのか全く抜け出すことができない。
私がうめき声を漏らしながら、あたりを見渡していると、私を捕まえた人間が目の前に現れた。その手に持っているものからは、とても美味しそうな匂いが漂って来て、口からよだれが垂れる。
目の前にいる人間はそんな私の様子を見て、嫌らしい笑みを浮かべている。
いつのころか親切な同胞が言っていた。『人間という生き物は強欲で傲慢、自分たち以外の生物を皆見下しているようなやつしかいない。二つ足で歩けるからって、調子に乗っているのさ』だとか、そんなこと。
きっとあの同胞の言う通りだ。そうでなければ、私はなぜ今こんな目にあっている。目の前のこの人間が強欲で、傲慢で、自分以外の生物を見下しているような輩だからだ。
人間がまた何か言っている。けれど、『犬』である私では、その言葉を理解することはできない。人間は手に持っていたものを地面に置いた。それは、相も変わらず、とても美味しそうな匂いを放っていた。
そのまま人間の姿は見えなくなった、私を放置して。
ああ、そんなことよりもお腹がすいた。目の前に美味しそうな食べ物が置かれているのに、そこには届かない。
そういえば、今日の食事はまだだった。それを思い出した途端に、更に空腹感を感じ出した。
食べたい、食べたい、食べたい!!
どれだけそう願っても目の前の食事には届かなかった。
あれからどれだけたったのか、よくわからない。
どうして、どうして私がこんな目に合わなければいけない?
私が何をしたというのだ。
ただ、ただ必死に生きていただけではないか。
叶うことなら、死肉でもなんでもいい、この空腹を満たしてはくれないか。もう、碌に首を動かすことすらできないのだ。
ああ、そうだ。全てはあの強欲で傲慢な人間のせいだ。
恨めしい、憎らしい。
あれを決して許してはならぬ。必ず、必ず殺してやる。たとえ、死して首だけになったとしても、あれの喉笛を咬みちぎってやらねば、気が済まぬ。
次の瞬間、ごろりと音が鳴った。
さっきまでよりも、食事が近い気がする。
笑い声、人間の、笑い声が聞こえてくる。
あいつだ。『願い』? なぜ、私がこんな奴の願いなど聞かなければいけない?
呪ってやる、殺してやる。ああ、何なら今から貴様を殺してやる。
勢い良く奴の喉笛を咬みちぎる。
目の前は、真っ赤に染まっていた。
最初のコメントを投稿しよう!