喰らいしもの

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 私は一人だった。  親は物心がついたころにはもうおらず、周りの者たちには、生まれつき歪な形をしている足のせいで遠ざけられた。だから、たった一人で、必死になって生きることを選んだ。  生きることというのは正直、辛いだけじゃないのかと、何度も考えたことがあったのだ。それでも、私は生きた。『生』よりも『死』のほうが恐ろしかったから。  だから生きるためならば、どんなことだってした。盗みもゴミ漁りも、挙句の果てには死体を漁り、その死肉を口にしたことだってある。初めて食べた人間の肉は、あまり美味しくなかった。  一度やってしまえば後戻りなどできるはずがなく、繰り返し行った。普通に獲物を捕まえるよりも楽だったから、というのもある。少しばかり治安の悪いところへ向かえば、死肉などいくらでも転がっている。たとえ美味しくないとしても、飢えにやられるよりはましだ。  そんなことを繰り返していたら、ある日大きな人間に捕まった。逃げようとしたけれど、相手は大人数で私を追いかけてきた。それに、もう慣れたとはいえ、歪な形をしたこの足では逃げ切ることは難しい。私には人間の言葉はよくわからないけれど、私を捕まえた人間が何か言っていたような気がする。  気が付けば、私は顔だけを出した状態で体を地面に埋められていた。抜け出そうとどれだけ暴れても、しっかりと固められているのか全く抜け出すことができない。 私がうめき声を漏らしながら、あたりを見渡していると、私を捕まえた人間が目の前に現れた。その手に持っているものからは、とても美味しそうな匂いが漂って来て、口からよだれが垂れる。 目の前にいる人間はそんな私の様子を見て、嫌らしい笑みを浮かべている。 いつのころか親切な同胞が言っていた。『人間という生き物は強欲で傲慢、自分たち以外の生物を皆見下しているようなやつしかいない。二つ足で歩けるからって、調子に乗っているのさ』だとか、そんなこと。 きっとあの同胞の言う通りだ。そうでなければ、私はなぜ今こんな目にあっている。目の前のこの人間が強欲で、傲慢で、自分以外の生物を見下しているような輩だからだ。 人間がまた何か言っている。けれど、『犬』である私では、その言葉を理解することはできない。人間は手に持っていたものを地面に置いた。それは、相も変わらず、とても美味しそうな匂いを放っていた。 そのまま人間の姿は見えなくなった、私を放置して。 ああ、そんなことよりもお腹がすいた。目の前に美味しそうな食べ物が置かれているのに、そこには届かない。 そういえば、今日の食事はまだだった。それを思い出した途端に、更に空腹感を感じ出した。 食べたい、食べたい、食べたい!! どれだけそう願っても目の前の食事には届かなかった。 あれからどれだけたったのか、よくわからない。 どうして、どうして私がこんな目に合わなければいけない? 私が何をしたというのだ。 ただ、ただ必死に生きていただけではないか。 叶うことなら、死肉でもなんでもいい、この空腹を満たしてはくれないか。もう、碌に首を動かすことすらできないのだ。 ああ、そうだ。全てはあの強欲で傲慢な人間のせいだ。 恨めしい、憎らしい。 あれを決して許してはならぬ。必ず、必ず殺してやる。たとえ、死して首だけになったとしても、あれの喉笛を咬みちぎってやらねば、気が済まぬ。 次の瞬間、ごろりと音が鳴った。 さっきまでよりも、食事が近い気がする。 笑い声、人間の、笑い声が聞こえてくる。 あいつだ。『願い』? なぜ、私がこんな奴の願いなど聞かなければいけない? 呪ってやる、殺してやる。ああ、何なら今から貴様を殺してやる。 勢い良く奴の喉笛を咬みちぎる。 目の前は、真っ赤に染まっていた。
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