第九十話

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第九十話

「そう言えば植物園には、此の辺りの昔はこうだったと残した一角があった、その再現した原風景は鬱蒼とした森でその中に佇む今の深泥池を望めばその由来も頷けるが周辺が宅地化した現状では篠田さんの言い分はもっともだよ」  そう、その前に何故(なぜ)戦前の軍部は、あの伝説が付き(まと)う深泥池のほとりに、あの病院を作ったか。まあ今は病院は民間に払い下げられて切り離されてこの施設だけが残っている。それは付き纏うあの伝説に堪えきれなくなり、仮病が(あば)かれて又戦地に戻される。だからそうでない真面な人間とを振り分けている。昔はあの深泥池の施設はそう謂う施設だった。その前任者の偉大な功績をそのまま私は引き継がされた。だから今では誰が観ても健全な人ばかりが送られてくる。それを見極めるのが私の職務になってしまっているのが現状なんだと更に松木は付け加えている。 「閉鎖的な場所だから昔の趣旨が伝わった。だがあれだけ周囲の環境が変われば松木さんも診察目的の変更を余儀なくされるね」 「どうかなあ、此処にその問答があるよ」  と三島が別のページを指定した ーーそれは変ですね。だってじゃあどうしてあんな物騒な因縁のある池の淵で今でもするんですか。  ーー極限の精神からの脱皮を狙っているが、柔な治療では又再発するが乗り越えられれば良しとしている。複雑な人の心理を考えると戦前のような完璧な完治療養を狙っている訳ではないんだ。  ーーそれと深泥池とどう関係してるんですか。  ーー此処は年間数万人にも及ぶ自殺についてどう減らすか、防ぐか、その手立てを研究するが、それは公認を得ていない国の出先機関らしい。そして此処に集められた人は見た目では気付かないが、伝説や超自然現象には反応すると判断された人だ。だからあの池に人は魅了されて引き込まれる。その過程を細かく調査対象にすれば、死に至る動機の解明に寄与出来る。だから此の国家プロジェクトを立ち上げて、引き続きその運営研究を私は任されている。  ーーそれで成果は望めているんですか。新聞やテレビでは右肩上がりに増えているそうですね。  ーーそれはだなあ、此の周囲が幾ら近代的な街にその装いを変えてもあの太古の地球の生き証人は変わらない、いや、替えられない。しかし付近から流れ込む排出物によって富栄養化がこのまま進めばあの池に未来は無い。  ーーじゃあ此の施設はどうするんですか。  ーーもっと奥地の適した場所へ移動しなければいけない。人間が死の恐怖に立ち向かえる適地を捜さねばならないがそれは私の仕事ではない。  ーーじゃあもう真面な人間を恐怖に誘い込む深泥池に付いてはいいですから、私はあの池を畏怖して崇めることは無いですよ。だから私はもう調査対象には成らないでしょう。  ーーいや、それが一番危ない。何故なら最近は生より死を軽んじた人達が引き込まれているんだよ。だからこそあなたは此処で療養する必要が生じているんだ。
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