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朝食を終えたあとで、大和とお父さんは外に出ると、伯父さんから借りた軽トラックに、引っ越しの荷物を積んでいった。最後にキャリーケースを載せた大和は、玄関先で見送るあたしとお母さんに向き直った。
「じゃ、行ってくる。父さん、運転よろしく」
「ああ、任せとけ」
「身体に気をつけてね」
「うん。長期休暇には帰ってくるよ」
大和は、助手席に乗り込んだ。続いてお父さんが運転席に乗り込むまでに、あたしは助手席の窓をノックする。窓を開けてくれた大和の手を握って、耳打ちした。
「大和。あたし、諦めないから」
大和は、少し驚いた顔をしてから、朝食を作ってくれたときみたいに笑った。
「そういう諦めの悪いところ、子どもの頃から変わらないな」
「子どもだもん。でも、次に会うときは、大人になってるかもよ?」
「変なことを言うなよ」
泡を食った顔の大和に、隣に乗り込んだお父さんが「何の話をしてるんだ?」と訊ねたから、あたしは「お父さん。お母さんも」と呼びかけた。
「あたしを、引き取ってくれて……家族にしてくれて、ありがとう」
車内のお父さんも、あたしの隣のお母さんも、目を見開いて驚いている。助手席の大和が「俺からも」と言って、春風に短髪を靡かせながら、頭を下げた。
「海羽を、家族にしてくれて、ありがとう」
お父さんは、呆気に取られた顔で「どうしたんだ、二人して」と言ったけれど、お母さんはしんみりとした笑顔になって、あたしと大和を見比べた。
「こうやって二人とも、あっという間に大人になっていくのね」
「大和は、まだ子どもだよ。実は怖がりだって分かったから」
「おい、海羽……」
大和は、狼狽えた様子で眉を下げてから、面映ゆそうに笑った。硬くて温かい兄の手が、あたしの手から離れていく。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
温もりが残る手を振ると、春風があたしの髪を巻き上げた。遠くから運ばれてきた桜の花びらが、家から離れ始めた軽トラックを、あたしの代わりに追いかける。見送りを終えても佇むあたしを、お母さんが「海羽」と穏やかに呼んだ。
「さっき大和と作ってくれた目玉焼き、美味しかったわ。また作ってくれる?」
あたしは、勿体つけて「うーん」と呟くと、清々しく晴れ渡った青空を見上げて、大好きな人の笑い方を真似て、宣言した。
「当分は、スクランブルエッグかな」
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