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「みはね、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」
あたしの人生の中で一番古い記憶は、まだ小学校にも上がっていないほど幼い頃に、家族に宣言した日のことだ。
子どもの他愛ない言葉だと、誰もが真に受けなかったと思う。お父さんは笑っていたし、お母さんも一拍遅れで笑っていて、当の大和は琥珀色の目を瞬くだけで、あたしに何も言わなかった。紛れもなく本気の言葉だということを、あたしだけが知っていた。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「お兄ちゃん、どこに行くの? みはねも、つれていって!」
「お兄ちゃん、だいすき!」
親鳥を追う雛鳥みたいなあたしと、小学生の大和は手を繋いでくれた。「仕方ないな」と言って苦笑して、からかってきた生徒も追い払ってくれた。昔から身体を動かすことが好きだった大和の手は、あたしの手よりも少し硬くて、温かかった。
「海羽、おはよう」
「海羽も、遊びに行きたい? いいよ。おいで」
「うん、知ってるよ」
いつだってあたしを拒まなかった大和は、あたしが何度も伝えた「だいすき」に対してだけは、頑なに応えてくれなかった。拗ねたあたしが文句を言うと、狼狽えた様子で眉を下げて、一言だけ答えてくれた。
「俺も、海羽が大切だよ」
決して嘘をつけなくて、優しくて残酷な兄の手が、いつかあたしの手を離す未来が来ることを、この頃から悟っていた。やがて恋という言葉を覚えたあたしは、大好きな人のことを「お兄ちゃん」と呼ぶのをやめて「大和」と呼んだ。両親はあたしを叱ったけれど、大和は少し困ったような顔で笑うだけで、あたしの好きにさせてくれた。
「大和、おはよう」
「大和、あたし、合格したよ。大和と同じ高校!」
「大和……」
高校二年生になって、十七歳になって、ちょっとずつ子どもじゃなくなって、その分だけ大人に近づいたあたしは、この恋が家族を悲しませることくらい、分かっている。実の兄妹では、結婚して夫婦になることなんて望めない。幼い頃みたいな無邪気さで、大和に「大好き」と伝えたら、今度こそ家族は、あたしの本気に気づくだろう。
だから――昨年の春に、お父さんが口を滑らせたとき。食卓の空気は凍りついたけれど、あたしは心から嬉しかった。
その日の夕飯はハンバーグで、大和が作った目玉焼きが載っていた。高校三年生になった大和の隣で、あたしが目玉焼きに箸を入れたとき、対面の席で新聞の夕刊を読んでいたお父さんが、感慨深そうに言った。
「この記事の写真、海羽がうちに来たばかりの頃に、家族で花見に行った公園だな。桜は今が見頃だそうだ。大和も海羽も春休みだし、久しぶりにみんなで行くか」
「ちょっと、あなた!」
お母さんが、血相を変えて叫んだ。お父さんは、しまったと言わんばかりに口を開けた。あたしは、目玉焼きに箸を刺した格好のまま、黄身が流した半熟の涙が、ソースと混ざりながらハンバーグに垂れていく様子を眺めてから、茫然と大和を振り返って、息を止めた。お父さんの小声が、他人事みたいに耳朶を打つ。
「実は、海羽は――」
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