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「大和も、知ってたの? あたしが、養子だったこと」
両親の告白を聞いた晩に、あたしは大和の部屋を訪ねた。机に向かって参考書を開いていた大和は、ベッドに腰かけたあたしに「知ってたよ」と普段通りの口調で答えて、普段よりも影がある微笑で振り返った。
「身寄りがない四歳のあたしを、両親が引き取ったことも?」
「うん。海羽が来た日のこと、覚えてるから」
「あたし、覚えてない」
「幼かったもんな。俺も、海羽が来る前のことは、全然思い出せないよ。俺の人生の中で一番古い記憶は、妹ができた日のことだから」
あたしたちは、実の兄妹じゃなかったのに、記憶のページの始まりには、互いの存在が記録されている。誰にも内緒にしていた恋の卵を、これからも温めていく資格を得られた奇跡が、あたしに告白を躊躇わせなかった。
「あたし、大和のことが好き」
大和は、シャーペンを机に置いた。あたしが大和のお嫁さんになると言ったときの再現みたいに、何も言わない。耳鳴りがしそうな沈黙を壊したのは、嘘っぽいくらいに穏やかな笑みで告げられた、昔から変わらない台詞だった。
「俺も、海羽が大切だよ」
「はぐらかさないでよ」
ずっと抑え込んできた痛みを、あたしは隠さずにぶちまけた。
「あたしの『好き』の意味を、本当は知ってるくせに、鈍感なふりをしないでよ」
「俺は兄で、海羽は妹だから。恋はできないよ」
諭すような声が、あたしの逆鱗に触れた。ベッドから立ち上がったあたしは「どうして?」と言って、椅子に座った大和までの距離を詰めた。
「あたしと大和、血が繋がってないんだよ。兄妹じゃなかったんだよ」
「血が繋がってなかったら、兄妹じゃないのか?」
訊き返す声は、頭に血が上ったあたしから声を奪うには、じゅうぶんなくらいに冷えていた。ハッと口を噤んで俯くと、大和も我に返ったのか、優しい声で言った。
「その話は、もうやめよう」
「じゃあ、どうして、あんな顔をしたの」
今度は、大和が口を噤んだ。顔を上げたあたしは、頬を伝う熱を拭いもしないで、どこまでも逃げていこうとする狡い人を、睨みつけた。
「あたしが養子だって判ったときに、なんであんなに苦しそうな顔をしたの。本当は恋ができることをあたしに知られるのが、そんなに嫌だった?」
「違う」
「違うなら、認めてよ。意気地なし」
涙で視界が波打って、大和がどんな顔をしているのか分からない。両手で顔を覆ったあたしは、押し殺した声で、聞き分けのない子どもみたいに、想いをねだった。
「好きって、言ってよ」
「好きだよ。海羽」
欲しかった一言は、拍子抜けするほどあっさりと手に入った。でも、奇跡が一日に二度も起きるわけがなくて、あたしが一番欲しいものは、やっぱり手に入らない。
「家族として、大切な妹として、海羽が好きだよ」
椅子から立ち上がった大和は、大きな手のひらで、あたしの頭を撫でた。
「俺はまだ勉強で起きてるけど、海羽はそろそろ寝たほうがいいよ。おやすみ」
あたしを妹扱いする兄の手は、昔よりも硬かったけれど、昔と変わらず温かくて、拒みたいのに、拒めなかった。
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