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 静かだったキッチンから鍋の湯がふつふつと沸騰する音が聞こえ始めた。静寂さゆえに、司にはふだん意識されない音も、鼓膜に響く。母が料理をしている気配ではない。では、何者? ひょっとして……不審者?   剣道の防具袋をそっと足元に下ろす。そして、腰を下ろして靴下を脱いだ。立ち上がり、袋から竹刀を抜き出して、臨戦態勢。  耳を澄ますと、沸騰(ふっとう)の音が激しくなっている。司は、わずかな衣擦(きぬず)れの音を聞いた。誰かがいるのは確かだ。ここまで無言でいるのは、家族ではない。    そっとダイニングからキッチンの方を見る。  ダイニングチェアに、グレーの作業服を着た見知らぬ男が座っている。  互いに目が合った。 「お帰り、おねえちゃん」  見知らぬ男は、チェアにふんぞり返って言った。背後のキッチンには、火のついたコンロに鍋がかけられている。先ほどから沸騰音が聞こえる鍋だ。湯玉(ゆだま)が飛び散っていた。  キッチンテーブルには卵のパックが置いてある。男は、そのうち1個を取りだして鍋に放り込んだ。 「一仕事(ひとしごと)したら、おなかがすいちゃってさあ」  そう言って、ダイニングから続いているリビングを指さした。
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