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①
「ただいま! おなかすいた! 今日も部活で遅くなっちゃって」
司は、けたたましく、玄関のドアを開けた。
「もうすぐ、高校総体の県大会だからさ、猛特訓! 3年生で、最後だし。女子剣道部の顧問は、容赦ないのよ」
姦しい愚痴とともに、竹刀袋と防具袋を框に降ろし靴を脱ぐ。
「いやあ、まいっちゃうよ…………。あれ?」
……静かだ。
ふだんなら、
「お帰り! おねえちゃん!」
と、リビングから小学生の妹と弟が走ってきて満面の笑顔で迎えてくれるのだが……。
声すら聞こえない。
静かすぎる。この夕餉の時間、いつもはつけっぱなしのテレビの音もしていない。
今日は水曜日、この時間父も早く帰宅しているはず。
少なくとも、母の
「あら、お帰り」
の声ぐらいは返ってくるはずだ。
何かのサプライズ?
スリッパをはいた司は、剣道具一式を持ち上げた。
リビングからも、ダイニングからも、風呂からも、トイレからも、一切音がしない。
家の奥から異臭がする。料理の匂いではない。生の生物から発する匂いのようだ。更に言うならば、生臭い。
一家団らんの時間帯、物音一つせず、そして、生臭い。
司は、全身に緊張を感じた。
眉間にしわを寄せる司。
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