第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

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第十話 団欒(だんらん)(3)  自分の部屋に戻った私達は、着替えて寝る準備を整えた後、眠るまで話をすることにした。  ローズは、なんだか楽しそうだ。 「人と一緒に泊まるのは、久しぶりだな」 「そうか。私の場合は、大抵一人だったな。任務中に仲間と寝るにしても、仮眠程度だったからな。ちゃんと寝るのは、私は初めてだ」 「へへへ。楽しい?」 「いや、別に普通だ」 「ええ? ローズは楽しいよ。リリィちゃんと一緒に寝られるの」 「そうか。それなら良かった」  こんな静かな気持ちで、天井を見上げることはなかった。  屋敷を急襲されることもあるので、直ぐに応戦出来るようにしていた。  その私が、こんなフワフワした服を着て、フワフワしたお嬢様と寝ることになるなんて。 「落ち着かない?」  ローズが声を掛けてくれた。 「大丈夫だ。でも、こんな風に寝るのは、本当に初めてだから、ちょっと戸惑ってるかな?」 「落ち着くまで、一緒に話してあげるね」 「ありがとう」 「ねぇ。リリィちゃん」 「何だ?」 「ここに来る時の話、聞いていい?」 「何をだ?」  ローズは、毛布を掛け直してくれた。 「ここに来るって決める時、大変だった?」 「うん。まあ。そうだな。仕事を、初めて失敗したからな。しかも、逃げられてしまったし。けど、大変なのは、それだけじゃなかったようだ」 「まるで、他人を分析してるみたいね」 「そうしないと、生き残れないからな。だけど、あの時は失敗して焦っていたという気持ちだけじゃなかったな。あの気持ちは、コントロール出来なかったな」 「そうかぁ。頭では、冷静に判断していても、心の中は違ったんだね」 「うん、そうだな」 「……」  ローズが黙ってしまった。 「どうした、ローズ?」 「大丈夫よ。その時のリリィちゃんの気持ち想像したら、ちょっと羨ましいなぁって」 「何で、なのだ? あんな気持ちは、何度も経験したくないぞ」 「ええ? 年頃の女の子は、みんな憧れない?」 「私に、普通の女の子の気持ちを聞かれても、わからないぞ」 「あ、そうか」  そう言って、クスクスと笑っている。 「そうだった、そうだった。リリィちゃんは、普通じゃなかった」 「なんか、引っ掛かる言い方だな」 「だって、リリィちゃんは、男の子みたいな話し方するし」 「今度は、話し方か? まあ、周りには男が多かったからな。手本が親方様ぐらいだから、こうなった」 「そっかー」 「でも、貴族の服装をして紛れ込んで行く時もあるから、喋り方はコントロール出来るけど」 「別に良いよ。その喋り方の方が、リリィちゃんに合ってるし」 「そうか。それはともかく、そっちは狭くないのか? 私は狭い所でも寝られるけど」  一人用にしては広いベッドだが、二人だと少し狭い気がした。 「気にしてくれて嬉しい。けど大丈夫よ。リリィちゃんとくっ付いて寝られるの楽しいし」 「変な奴だな」 「ええ? そうかなぁ?」 「まあ、気にしないのなら別にいい」 「それでぇ」 「まだ、あるのか?」 「ここに来るとなった時、どうだったの? どんな気持ちだったの? 詳しく聞かせて」 「そ、それは……」  あの時の気持ちを思い出してしまうと、恥ずかしくなった。 「……。秘密だ」 「ええ、何でぇー」 「いや、何でじゃなくて」 「一番聞きたい所なのにー」 「もう、いい。寝ろ!」  そうローズに言うと、毛布を頭からかぶった。 「……。ねえ、リリィちゃん」 「何だ?」 「どこにも行かないよね?」 「……? 何で、そんなこと聞くんだ?」  暗がりの中、ローズの方に顔を向けて尋ねた。 「心配になってね。何となく」  ここまで来て、お前は帰れと言われても、私の方が困るが。 「ねぇ、リリィちゃん」 「何だ?」 「絶対に、幸せになってね? どこにも行かないでね?」 「急に、どうした?」 「約束して」 「今か?」 「うん。今」 「わかった。幸せになる。これで良いか?」 「うん。ありがとう。よかった」 「ねぇ、リリィちゃん」 「まだ、あるのか?」 「枇々木(ヒビキ)と、フェイス。信じてあげてね」 「わかっている。ここに来た意味は、分かっている。分かっているつもりだ」 (彼が、この世界に来てくれたことが、私にとって、とても幸運だった。枇々木(ヒビキ)を召喚した魔導士には、感謝しないとな) 「なぁ。ローズ」 「なぁに?」 「私はここに来て、何をすれば良いんだ? 一緒にいるだけで良いのか?」 「いるだけじゃ、不安?」 「枇々木(ヒビキ)は、これからが小説家としての戦いになるんでしょ? 私は、もう暗殺者では無くなってしまった。ただの人になってしまった」 「そうかな?」 「違うのか?」 「(そば)に居てくれるだけで、嬉しいと思うよ」 「そうなのか?」 「うん。そうだよ」 「ローズは、そう思うけど、枇々木(ヒビキ)は、違うかもしれない」 「へぇ? 枇々木(ヒビキ)の気持ちが気になる? じゃ、聞いてみたら?」  ローズは、そう言った後、小さくクスクスっと笑った。 「い、いや。別にいいのだ」  私は、プィッと横に向いた。 「怒らせちゃった? リリィちゃん。ごめん、ごめん」 「いや、怒ってない。もう、寝ようか?」 「うん。リリィちゃん、おや……すみ」 「うん。おやすみなさい」  そう言うと、ローズは、あっという間に眠ってしまった。  ローズの静かな寝息を聞いていたら、私もウトウトとしてきた。  屋上には、あの街から警護している男達とは違う奴らがいる。  別な奴に、交代したようだ。 (こんな風に、人に守られて眠るなんて、初めてだな)  それに。 (幸せになってって、何度も言われるのは照れ臭いけど、良いものだな……)  そして、私も深い眠りについた。
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