第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

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第十三話 帝国への再潜入(1)  屋敷に戻ると、枇々木(ヒビキ)が出迎えに来てくれた。  枇々木(ヒビキ)は、オロオロとしていた。 「もう、戻っていたのだな。どうした? 何か、あったのか?」  だが、私の顔を見て安心した顔をした。 「いや、また、どこかに行ってしまうのじゃないかと、心配になって。やっぱり、しばらくは、屋敷に居てもらった方が良かったかなと、後悔してたんだ」 「そうか。でも、私は、ここ以外に行く当てが無いから心配無用だぞ」 「うん。そうなんだけど」 「リリィ様。あのお店での出来事をお話ししては如何でしょうか?」  見かねてメイドが話しかけてきた。 「ああ、そうだな。枇々木(ヒビキ)、私は友達が出来たぞ」  それを聞いた枇々木(ヒビキ)は、目を丸くした。 「ほ、本当?」 「嘘をついてどうする」 「枇々木(ヒビキ)様。帝国と同じ様な店構えの軽食店がありまして。そこにリリィ様と入りましたら、お店のウェイトレスさんが気さくな方で」 「あ、帝国のお店と似ているって、私が向こうの宿に居る時通っていた、あのお店?」  嬉しそうに話をする枇々木(ヒビキ)。 「うん。そうだ。枇々木(ヒビキ)も小説に書いていただろう?」 「そうか。リリィさんも、帝国のあの店に行ったんだ。そうかぁ」  少し涙ぐんで話す枇々木(ヒビキ)。 「何で泣いてるの? それに、いつまでここで立ち話をしなければならないんだ?」 「あ、そうだね。ごめん。……。リリィさん、お帰り」 「ああ、只今(ただいま)」  そうして、ようやく屋敷に入ることが出来た。    屋敷には、まだローズは戻ってきていなかった。  フェイスもいない。 「枇々木(ヒビキ)、フェイス達は、まだ戻ってないのか?」 「うん。フェイスは、雇い主と相談することがあるって言ってたから、僕だけ先に帰って来た」  枇々木(ヒビキ)は、そう言うと書斎に向かおうとした。 「僕は、これから書斎に籠って小説を書くんだけれども、リリィさんは、どうする?」 「うーん」  私は少し考えて、「一人でいてもつまらないから、何か手伝うぞ」 「え、ほんと? じゃ、誤字脱字とかでも良いから、見てくれると助かるかな」 「じゃ、手伝おうか」  二人で枇々木(ヒビキ)がいつも籠っている書斎に向かった。 「昨日徹夜して書いた原稿を、チェックしてくれないかな?」 「ずいぶん厚いな」 「うん。ちょっとした大作だからね」  私は、パラパラとめくって、誤字脱字がないかチェックを始めた。  文字については、それ程自信はないが、違う世界から来た枇々木(ヒビキ)が頑張っているから言い訳が出来ない。  既に、フェイスも目を通しているだろうけど。  カリカリとペンの音と、私の原稿をめくる音だけが、書斎に響いている。  時々、使用人達の会話や、屋敷の用事をしている時の物音が聞こえてくる。  サラサラと筆を進めているかと思うと、ピタッと止めて、「うーん」と窓の外を遠い目で見たりしている。  そして、頭をカリカリとかくと、またペンを走らせる。  何枚か書いては見返し、棒線を引いて横に小さく書き直している。 (あれ、この字は、何だったっけ?)  私は、時々見つける、わからない字を思い出しながら見ているので、なかなかページが進まない。  枇々木(ヒビキ)はニコリと笑って、そんな四苦八苦しながらチェックしている私の様子を見てくる。  そして、また何かを思いついたのか、直ぐに原稿用紙に書き始める。 「リリィさん、ここの表現なんだけど。この世界の人達も、同じように考えるものなのかな?」 「うーん。わからないな。普通に生活している人の、細かい気持ちまでは」 「そうか。ここは(しるし)をしておいて、フェイスかローズに聞こう」 「すまないな。普通の女の子とは、生活も、考え方も違っていて役に立てない」  そう言うと、枇々木(ヒビキ)は、笑顔になって、こう言う。 「何を言ってるんだい。僕は、そういう君に惹かれたんだよ」 「そ、そうか」  私は、恥ずかしくて視線を逸らした。 「……」  だが、枇々木(ヒビキ)は、そのまま、ずっとこちらを見たままだ。 「何だ? 手が止まっているぞ」 「うん」  そう言うと枇々木(ヒビキ)は、またペンを走らせ始めた。  私は、分からない字があるけど、分かるところで間違っている所や、書き方でわからないところをメモして渡した。 「リリィさん、ありがとう。お茶でも飲もうか? 頼んでいいかな?」  少し小休止しようと枇々木(ヒビキ)は、気遣ってくれた。 「わかった、キッチンに行って入れてくる」 「ありがとう」  1冊目は、異世界小説家と暗殺者のヒロインが出会い、もう一度再開するまでの物語だ。  今、枇々木(ヒビキ)が書いているのは、出会ってからの物語だ。  モデルは、私達だが、そのまま書くわけではない。 「ドキュメンタリーを書くわけじゃないからね」と、枇々木(ヒビキ)は言っていた。  ドキュメンタリーとは、事実を忠実に書くものらしい。  確かに、そのまま書いても殺伐とした、つまらない話になるだろう。  そもそも、そんなに色んなイベントは起こらない。  それを物語として書くには、いろいろ七転八倒することを書いていくのだそうだ。  時々、私には見せない原稿がある。  そこには、枇々木(ヒビキ)が、主人公やヒロインに”熱い思い”を語らせている所らしい。  気になったので、見せてもらおうとした。 「いや、そこは恥ずかしいので、フェイスに見てもらうから。大丈夫だから。大丈夫だから。それに、ネタバレになるし」と言って見せてくれない。 (何だ? ”ネタバレ”って)  その小説のヒロインのモデルになっているのは私だ。  そのヒロインに、恥ずかしいセリフをあまり言わせないで欲しいんだけど。    枇々木(ヒビキ)とお茶を飲みながら小休止していると、フェイスが帰って来た。  ローズから連絡があり、今日は屋敷には来られないようだ。  フェイスも一息つくと、打ち合わせの話を話し始めた。  私は、遠慮しようと席をはずそうとしたが、一緒に聞いてくれと言われ同席した。
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