第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

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第十五話 帝国への再潜入(3)  私でしか出来ないことで、枇々木(ヒビキ)の役に立ちたい。帝国に潜入して、現在の様子を見てこよう。  では、いつが良いだろうか?  親方様達が守っている帝国である。  ちょっとお邪魔しますで入れるなら、皇国も苦労はしていない。 (入るなら、皇国と帝国が交渉をしている今だな)  私は、ここへ来る時に着ていた服に着替え、必要な物を袋に詰めていった。 (もう仮面は、要らない。()()()()()は、死んだ。私は、枇々木(ヒビキ)のお蔭で自由になったんだ。そして、自分の意思で、死に物狂い身に付けてきた、この力を使う)    暗くなり、通る人の居ない廊下を足早に歩き、枇々木(ヒビキ)のいる書斎へ向かう。 (万が一のことがあるかもしれない、枇々木(ヒビキ)の顔を見ておこう)  フェイスは、どこにいるのだろう。  枇々木(ヒビキ)は、相変わらず明かりを灯しながら原稿を書いていた。 (待っていてね。向こうの状況を調べて、詳しく伝えてあげるから)  枇々木(ヒビキ)の姿を見て安心した私は、そのまま屋敷の外に出る。 (あの警備している男達は、フェイスの傍についているんだろうか? 枇々木(ヒビキ)の監視と警護もしていると思ったのだが)  私が、この姿で屋敷の外にいるのに、何もしてこない。 (まあいい。ワザと声に出して言ったし。それに、今の私は仮面を付けていない。いちいち、「行ってきます」って報告するのもおかしいしな)  屋敷の窓の明かりを確認した後、私は潜入の時と同じ国境のルートを遡っていった。  朝早い時間には、入って来た時に使った河へたどり着いた。  まだ日が昇る前に、抜けなければ、流石に双方の警備隊に見つかってしまう。  潜入時に感じた、あの気配は、流石にいないようだ。  だが、誰もいないと言うことはないだろう。  しかし、屋敷を出る時に止められなかったので、彼らも止めることはないだろう。  私は、来る時とは逆の道順で、帝国に潜入した。 (ここは、親方様とお別れした時の場所だったな)  少し懐かしいと思い出しながら、服を着替え、様子を伺いながら街の中を歩き始める。 (さて、やはりあの軽食屋に行ってみようか? あの女主人のお店に。あの主人と、話をするかは、わからないけど)  不思議なものだ。  暗殺者としての仮面を外すと、普通の女の子の様に街を歩ける。  私達には、親方様の前でも、決して仮面を外すことのないように言われ、指導されて来た。  組織の中では、誰も互いの素顔を知らない。  だから、仮面を外すと、仲間からも見つけられにくくなる。  万が一のこともあるから、帝国に居る時は任務以外で街を歩くことはなかった。  枇々木(ヒビキ)と違う形で出会ったら、こうして帝国の街を一緒に歩いて回ってたかもしれない。    女主人の居る軽食屋の開店時間まで、街の様子をあちこち見て回りながらメモをして行く。 (こんなこと、気が付かなかったな)  軽食屋の近くの物陰で時間を潰していると、女主人がお店を開けにやって来た。 (やっと来た。やっぱり、元気にしていたな)  開店準備をしているお店に近づいていくと、女主人が、こちらに気が付いた。 「あ、あなた。あの時の。まあ、元気にしてた?」 「うん。あの時は、世話になったな」  女主人は、私を怖がりもせず、ニコリと笑みを浮かべ、こちらを見つめて言った。 「あの時より、ずいぶん雰囲気が、柔らかくなったわね? 良いことあったのかな?」 「う。うん。まあ」 「そう。じゃ、中に入って。まだ準備中だけど、お話ししましょうよ」 「あまり、長居をしてはいけないが、ちょっとだけなら」  女主人の店の準備を手伝いながら、準備を手早く済ませ、店の奥にある控室へ入っていった。 「へぇ、こんな風になっているんだ」  そう言えば、あの時、店の奥で話を聞こうと気を使ってくれたんだっけ。 「そう? 別に普通でしょ。お店の人間の居る所なんて、どこもこんな風に殺風景よ」 「私は、こっちの方が落ち着くな」 「……」 「どうした?」 「やっぱり、あなたは、あの小説に出て来るヒロインさんなんでしょ?」 「やっぱり、わかるのか?」 「うーん。すれ違うぐらいだったらわからないけど、あの時のあなたを見てたら、何となくね」 「ちょっと、恥ずかしいな」  少し、顔が熱くなって来た。 「どおしてぇ? 素敵なことじゃない。みんな、あなた達のことを応援しているのよ。そうそうないことよ」 「だって。時々、私が言わないような恥ずかしい台詞もある」 「当り前じゃない?」  女主人の顔は、ニヤニヤとした笑顔をしている。 「そう言えば、お名前聞いてなかったわね。尋ねてもいい?」 「うーん。他の人に話さないのなら」 「うん、わかってる。ただのお嬢さんじゃないことぐらいは」 「リリィと言う」 「暗殺者さんだったのに、かわいらしい名前ね」 「変か?」 「いいえ。素敵だっていうことよ。私は、シャトレーヌ」 「いい名前だな。このお店の仕事と合っている」 「あら、ありがとう。うれしいわ」    そう言って、シャトレーヌは、満面の笑みを浮かべた。
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