第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

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第十六話 帝国への再潜入(4)  ――カラン・カラン~!  お店のドアが開く時に鳴る、鈴の音がした。 「あら、誰か入ってきてしまったみたいね。まだ開店前ということで、お断りしてくるね」 「うん。わかった」  シャトレーヌは、席を立って店の中に入っていった。  店の奥から、中の様子を伺っていると、シャトレーヌがお客に話し始めた。 「あのー、お客様。申し訳ありません。まだ開店前なのです。開店時間においで頂けないでしょうか? 準備もありますので、申し訳ないんですが」 「……」  男は何も返事をしない。 「あ、あのー」 「……。ここに、17・8歳ぐらいの若い女は、来なかったか? その女のことについて、話を聞きたい」 「こちらのお店には、若い女性のお客様は沢山いらっしゃいますので、どの方がと言われてもわかりかねるのですが」 「いや、知っているはずだ。喋ってもらうぞ」 「!」  私は、突然強い気配を感じた。もしかして、この感じは……。  恐る恐る店の奥から中の様子を見た。  そこには、親方様が立っていた。 (そ、そんな、親方様が。なんで、こんな所に) 「な、何ですか? 藪から棒に。仮にその女の子を知っていても、お客様のことを他人にお話しするわけにはまいりません。お引き取り下さい」  シャトレーヌは、強い口調で親方様に伝えた。  だが、親方様は、さらに店の中に入ろうとする。 「お引き取り下さい! って、言ってますよね」  シャトレーヌが、近くにあった掃除用のデッキブラシを、親方様の足元に向けて突き出した。 (無茶だ! シャトレーヌ。 何をしている? しまったな。これは、私が、ここに来たせいだ。見張られていたんだ)  私は、自分の迂闊(うかつ)さに腹が立った。  いつから見られていた? 入る時からか? それとも、店が開いたタイミングで来ただけなのか?  親方様は、私が店の奥にいることは知っている様子だ。  私の顔まで見られているかは確信がないが、今会えば、確実にアウトだ。  そうなったら、もう皇国内でも表を歩くことが出来なくなるかもしれない。 (親方様相手に、シャトレーヌを庇いながら逃げることなんて不可能だ) (でも、やらないと)  枇々木(ヒビキ)の顔が浮かんだ。  胸が、少し締め付けられるような感じがした。 (これでもう、枇々木(ヒビキ)と会うことも、出来なくなったな。ちょっと様子を見てくるつもりだったのに。こんなことになってしまった。ごめん。枇々木(ヒビキ))  私は意を決し、両足に着けている短剣に手を掛け、店の中に入ろうとした。  すると。   「何をしに行くつもりかな?」  後ろから、私の肩に手を掛けて、静かに話しかけてくる奴がいた。 「!」  気が付かなかった。振り向くと、あの屋敷に居たあの守備隊の男だった。 (私が、親方様以外に、後ろを取られるなんて) 「リリィ殿。あなたは、あのご婦人を連れて、皇国に戻られて下さい。奴は、我らが対処する」 「な、何を言っている。お前達で、親方様に(かな)うはずがないだろ?」 「……。我らも見くびられたものだな」  不敵な笑みを浮かべながら、守備隊の男は言った。 「きゃ――!」  扉をドンと開けると同時に、また、人が入って来た。  シャトレーヌが、驚いて声を出す。  こんどは二人。  入った時から、剣を抜いていて、親方様に迫っていく。  その時、私は信じられない光景を目にした。  親方様は、手に剣を握られていたのだ。 (そ、そんな。私達が訓練とはいえ、本気で束になってかかっても、素手で軽く交わされていたのに) 「すでに、脱出の手はずは整えてある。ご婦人と一緒に裏口から外に出よ。そこに、我らの仲間が待っている」 「申し遅れたな。私の名前は『ガルドイン・ラペリアル』。『ガルド』とも呼ばれているかな」  そう言って、その男も剣を抜き、店の中に入っていく。  親方様は、もう片方の剣を握り、両手で構えた。 「そこの御仁、申し訳ないが人探しは、これで終わりに願いたい。ご婦人殿。そのまま、店の奥から外に出なさい」  シャトレーヌは、デッキブラシを握りしめたまま後ずさりし、壁の近くでクルリと向きを変えて飛び込んでくる。 「しっー!」  私は、シャトレーヌの腕を捕まえ、口に人差し指を添えて、喋らないようにお願いした。  シャトレーヌは、涙目で、2・3度上下に頷いてくれた。  そして、シャトレーヌを連れて、裏口から店の外に出た。 (帝国の仲間がいたら、戦うことになるかもしれない)  しかし、それは杞憂(きゆう)だった。 「リリィ様とご婦人様。こちらに」  皇国の特殊守備隊の男が、シャトレーヌを馬車へ先に載せた。  私が周りを確認してから乗り込むと、直ぐに馬車は出発した。  ドンっ!  という、爆発音がし、シャトレーヌのお店が燃えた。  私が馬車の中に入り、席に座るとシャトレーヌが抱き着いてきた。 「……」 「もう、大丈夫だから。追ってもいないようだ。だけど、申し訳ない。このまま皇国へ行くことになる」 「だ、大丈夫よ。こうなっては、仕方がないから」 「すまない。私が来たばっかりに」  私はしょげてしまった。 「だから、気にしないの。私は、こうして無事だったんだから」  シャトレーヌは、先ほどまで震えていたのに、もう落ち着きを取り戻し、逆に私を励まそうとしてくれた。 (ああ、これで、本当に帝国には来られなくなったんだな) (それにしても、皇国の特殊守備隊が、ここまで私を迎えに来るなんて)    馬車は、街を走り抜け、崩れた屋敷に入っていった。 「ここから、地下通路を通って皇国に向かいます。直ぐここは爆破して、後を追えなくしますのでお急ぎ下さい」  私達は、馬車のまま、屋敷の地下通路から、皇国に戻った。  爆音がして、後ろの通路が、土砂が崩れて塞がっていく。  皇国側に出ると、ガルド達が待っていた。 「もう、戻っていたのか?」  私は、驚いた。  親方様相手に、こんなに早く。 「なに。ご婦人殿のお店を爆破を確認した後、直ぐに我らも引き上げた。そなたの親方様とやらは、追ってはこなんだな。その前に多少、何度か剣を合わせはしたが」 「どうして無傷だったのか?」 「どうやら、あの御仁も、本気ではなかったようだ。何かの様子見だったのでは? それにしても、あの殺気では、勘違いもするわけだが」  私達は、そこで馬車を乗り直し、枇々木(ヒビキ)の居る屋敷へ向かった。
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