第一章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(異世界からの恋文編)」

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第二話 変わる運命(1)  気が付いた時には力なく空を見上げ、人気のいない林の中で雨に打たれながら(たた)ずんでいた。 (しくじった。何故?)  こんな、簡単な仕事を。  私は、駆け出しの暗殺者ではない。  部下を率いて大勢をあの世に送ったことなどもある。  私は、あの時の情景を振り返った。  あの男は、私の目から視線を逸らすことはなかった。  私は、あの男に呑まれていたのか?  あの異世界人は異能の持ち主なのか?  親方様が、私1人でやれと言われた意味は、これなのか?    自分自身への失望が、次の行動へを鈍らせている。  私は、あの男のガラスのペンを握っていたことに気が付いた。 (こんな物を持ってきてしまっていたか?) 「こんな物!」  怒りがこみ上げ、そのガラスのペンを茂みに投げ捨てた。 (直ぐにでも気持ちを立て直して行かなければ。それにしても、胸が苦しい。骨にひびでも入っているわけでもないのに)  仮のアジトにしている場所に、戻ろうとした。  だが、先ほど投げ捨てたペンが再び視界に入った。 (そう言えば、こいつで殺してやろうと私は言っていたな)  私は思い直してペンを拾い上げた。  ガラスのペンはすぐに壊れそうだった為、自分の短剣をしまうケースに入れた。  次の日、宿の周りを見に行った。  宿には、布のシートが被せられ、人の気配はなかった。 (あのまま逃げられたか?)  宿の周りに、私の仲間の気配はない。 (おかしいな。親方様は、失敗した私に戻って説明せよとも。責任を取らせる為に刺客を送ってくることもして来ない)  私は、届け物と偽り、宿屋の主人に尋ねてみた。 「どこに行かれたか、わかりませんか? 行先は?」 「申し訳ありませんが何も聞いておりません。あの後、何人か来られまして荷物とか全部持って出ていかれました。修理代金も気前良く払って頂けました。ですので、それ以上何も尋ねることはしておりません。相手は見たことのない覆面をしていて、誰だかわかりませんでした」  その連中は、この帝国の人間ではないな。  多分その連中と既に国外に。  動きが速い。  いや、私の動きが遅いだけだな。 「弱りましたね。どうしても届けなければならないのですが、何か手掛かりはありませんか?」 「あのお客さんが良く通っていた店があります。そこに行ってみてはいかがでしょう? お店のご主人と話が合うと仰っていましたね」 「どこでしょうか?」  私は、その店に行ってみることにした。  手がかりを掴む為に。  そのお店は、簡単な食事が出来る軽食店だった。  女性客が多い店のようだ。 「いらっしゃいませ。どうぞ空いている席へ」  お客は若い女の子が多いが、店員はこの少し年配の女性だけの様だ。  店の店主だろうか? 「あの、ちょっと尋ねたいことがありまして。よろしいでしょうか?」 「何でしょう?」  届け物をしようとして、ここまで来たが、その宿で一騒動合ったらしく宿にはいなかった。  だから、届け先の相手はどこに行ったのか知りたいと尋ねた。 「ごめんなさい。私は何も聞いておりません」 「そうですか」  やはり無駄だった。  女性店主は、申し訳なさそうな顔をして送り出してくれた。 (困ったな。手がかりが……。)  物書きをするしか能のない異世界人が、人に見られないで移動出来るはずがない。  手引きした者がいるはずだ。  異世界人を訪ねてきた私を、どこかで見ているはず。  しばらく、この近くで滞在していれば誘い出せるかもしれない。  軽食店の主人に近くの宿を紹介してもらった。女性でも安心して泊まれるからと勧められた。  ここはリンド皇国の国境付近。  いずれ、その国へ侵入するにしても、ここらあたりで様子を見るのが良いだろう。 (もし、親方様の処分があれば、いずれ来ることもあるだろう)  異世界人のことを、ワザと目立つように町の人達に尋ね歩いて行った。  数週間が過ぎた。  手掛かりがない。  何か情報があるかもしれないと、闇の物資を売りさばいている所に立ち寄ってみた。  暗殺時に付ける仮面を付て中に入った。  店主は、何かを読んでいた。  私が入っても、顔すら向けようとしない。 「何かね? 女が来るような所じゃないんだが」 「この付近で数週間前に一騒動があって、その時に異世界人の行方が分からなくなったと聞いた。そいつに関しての情報がないか知りたい」 「ん――?」  店主は苛立ちながら、こちらを向いた。 「げっ!」  私の姿を見て店主は後ずさりした。 「お前、『冥府の舞姫』か? 殺しに来たのか?」  この姿の私を見た者は、大抵はあの世に逝っている。  普通なら知るはずがない。  だが、こいつは闇組織の人間だ。  この仮面の事を、どこかの噂で聞いているのだろう。  だとすれば、驚くのも無理はない。 「俺は、何も知らない。知らないぞ」  慌てふためいている。 「本当に知らないのだな」  店主は激しく首を縦に振る。  机の上には、先ほどまで読んでいた物が置いてがあった。 「それは何だ?」 「へ? こ、これ? これは、”小説”を書いた『本』と言うらしい。俺も、ただで配っているからと貰っただけだ」 「小説? 本?」 「字は良くわからんから、ペラペラとめくってただけだ。内容は知らん。欲しいならやる。皇国の異世界人が書いたらしいぞ」 (異世界人が、書いた? 皇国? リンド皇国だと?)  私は懐から小銭の入った袋をドンっと机の上に置いて店主に言った。 「この本をくれ」 「いや、金は要らねぇ。俺を、殺しに来たんじゃないんだろ? ただで貰ったし、もってってくれ」 「私が来たことは、他の人間には喋るな。これは口止め料だ。受け取れ。その代わり、もし喋ったりしたら……」 「わ、わ、わかったよ。喋らねぇよ。金は、口止め料として受け取る」  私はその「本」を袋に入れ、密売所を去った。  
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