第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

2/18

31人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
第七話 始まる穏やかな生活。これからの私 「ここだよ。僕の家は。ようこそ、異世界小説家の家へ」  枇々木(ヒビキ)は、そう言って屋敷に向かって手を伸ばして、私に紹介する。  屋敷の使用人達が、恭しく出迎えてくれる。  二階に上がり、テーブルのある食事をするリビングに入ると、街で買ってきた荷物を片づけていく。  入った広い部屋の向こうにも部屋があって、そこに机があった。  あの宿と同じように沢山の原稿とペンとインク、枇々木(ヒビキ)の書いた本より分厚いのが、沢山積み上げられていた。  ペン立てには、『ガラスのペン』とは違うペンが何本か入っていた。 (ここで、あの小説を書いたんだ)  出会った時の枇々木(ヒビキ)が書いている姿が、目に浮かんだ。  あの夜の時は、近くに来ても、気が付かないくらい夢中になって、小説を書いていた。  ここでも、そんな感じで一心不乱になって、あの小説を書きあげたのだろう。 「気になるかい? あの書斎の机」  枇々木(ヒビキ)が、声を掛けてきた。 「うん。あそこで書いていたの?」 「そうだよ。君と初めて出会った時は、僕は原稿に向かって書いてた時だったね。懐かしいね」 「懐かしい? 最悪の出会いなのに?」 「暗殺者の君と僕が出会うには、あのシチュエーションは絶対必要だよ」 「シ、チュエー? ション?」  初めて聞く言葉だ。 「あー。小説や劇とかで、話を展開させる為に必要な条件さ。僕が、君と僕との出会いを描くとすれば、そういうのもありかなと」 「そうか」  枇々木(ヒビキ)が転移魔法で、この世界に呼ばれ。そして、追放されなかったなら、私達は出会わなかった。 「はいはい、二人とも。立って話してないで、座りなさい。お茶を用意したから、一息ついて」  ローズは服を着替え、メイドが身に着けるようなエプロンをして出てきた。 「枇々木(ヒビキ)君。落ち着いたら、次の続編についての話をしようよ」  フェイスは、そう言えば、あの喫茶店で編集長と呼ばれていた。  また、本を出すのか? 「リリィさん、どうだいここは、落ち着くだろう?」 「ええ。フェイスさん。良い屋敷です」 「後で、ローズに部屋を案内してもらうと良い。君の部屋だよ。今日はゆっくり休むと良い。それとも、枇々木(ヒビキ)と一緒が良かったかい?」 「……」  それは、どういう意味だろう?  私は、それでも別に構わないが。 「フェイス! からかうのやめなさい!」  ローズが、きつい声でフェイスをたしなめた。 「いやいや、変な意味じゃないよ。昨日今日、他所(よそ)の土地の他所の家に来て、急に一人で部屋に寝るの不安だろうと思って」 「本当にぃ?」  ローズは、ものすごい疑り深い顔をしている。  やっぱり、仲悪いのかな? 「リリィさんは、プロの殺し屋だよ。からかうようなことなんて言わないよ。何言ってんの? あ、リリィさん御免。悪い意味じゃないよ」 「気にしないで構わない。私は、野宿でも平気だ!」 「野っ?」  ローズは目を丸くしてビックリしていた。  フェイスは、「あはは。野宿なんて、させないよ」と苦笑いしながら答えた。 「ムムム。じゃー、今夜は私がリリィちゃんと一緒の部屋で寝る。良い?」  ローズが、提案してきた。 「はい、わかりましたよ」  何で、自分が叱られるのかという顔をしながら、フェイスは答えた。  枇々木(ヒビキ)は、そのやり取りを楽しそうに眺めながら、紙に何か書いていた。  私は、何を書いているんだろうと、その紙を見ていた。 「ん? これ気になる? 次の本を書く時のネタにしようと思ってね」  枇々木(ヒビキ)が、気が付いて教えてくれた。 「ネタ?」 「えーと、本を書く為に必要な『材料』かな?」 「そう」  あ、そう言えば、枇々木(ヒビキ)が書いていた小説は、私と枇々木(ヒビキ)がモデルだったっけ? (じゃ、街に来た時の、あの姿も書くのか?)  私は、ちょっとだけ、ここに来たことを後悔した。  とりあえず、今日1日だけは、ローズと一緒の部屋で寝ることになった。 (ローズと一緒に寝るのであれば、殺される心配はしなくて良いな)  これからも、枇々木(ヒビキ)といられるのがわかり、少しホッとした。 「枇々木(ヒビキ)、リリィさんを少し休ませてやったら? ローズ、後はよろしくね」  と、フェイス。 「そうだねフェイスさん。それじゃあ、リリィさん。ローズさんと部屋に行って、ゆっくりしてね」  枇々木(ヒビキ)は、私を気遣ってくれた。 「さあ、リリィさん、部屋へ荷物を置きに行きましょうか? それから、少し体洗いましょう。髪とか足が、少し汚れてる」  部屋へ、案内してくれるローズ。 「うん。ありがとう」  私は、持ってきた自分の袋を手に取った。 「ねぇ、小説家先生。あれ、着せてあげても良い?」  ローズが、ニコニコしながら、枇々木(ヒビキ)に尋ねる。  少し苦笑いしながら枇々木(ヒビキ)は、答えた。 「あの服を着せるの? 僕の世界では、こんなのを着てたって言っただけなのに。本当に作るんだもんな」 「いいでしょう? せっかく出し。じゃ、OKで良いわね、先生!」 「ははは。しかし、慣れないな。その先生って呼ばれ方」 「だって、小説書く人って、先生って呼ばれるんでしょう? 枇々木(ヒビキ)の世界でも」 「いやー。もっと沢山売れてる人だけかなー。だから、恥ずかしいから、やめて」  枇々木(ヒビキ)は、頭をかいていた。 「着せるって、服のこと?」  私は、そっちの方が気になっていた。 「そうよ。サイズはねー。ちゃーんとリリィちゃんの背格好に合わせて作ってもらいましたので心配ありません」 「いや、サイズとかじゃなくて。それ、私が着るのか?」 「まあ、気に入らなかったら無理に着てもらわなくてよいし。さ、部屋に行こう」  ローズに、即されるように部屋に向かった。 「じゃ、リリィさん、また後でね」  枇々木(ヒビキ)は、そう言って、私達を見送ってくれた。  私は、ローズと一緒に部屋へ移動した。   「とりあえず、荷物はこのクローゼットとか使ってね。着せたい服は後で見せるからね。まずは部屋着を持ってお風呂に行きましょう」  着替える為の部屋着を持って、風呂に行く。  私は、着ていた服を脱ぎ、風呂場に向かおうとした。 「え? その剣は、外さないの?」  ローズが、驚いて尋ねてきた。  両足に短剣を付けたままで、私は洗い場の中に入ろうとしていたからだ。 「寝るとき以外は、ずっと肌身離さず身に付けていた。体を洗うにしても、すぐ手取れるところに置いていた。でないと、もしもの……」  と、私は言いかけたが、ローズは最後まで話を聞いてくれない。  風呂が終わった後は、錆びないようにちゃんと手入れもするぞと言いたかったのだが、ローズには関係ない。 「はい、はい。わかりました。リリィさんは、そういう世界にいたから急には無理だよね。じゃ、いきましょうか?」  枇々木(ヒビキ)の小説のお蔭で、説明が省けて助かる。 (枇々木(ヒビキ)の小説も、ちょっとだけは役に立つな)  許可が出たので、剣を手に持って洗い場に向かおうとした。 「あ、初めて笑ったね」  ローズが嬉しそうに覗き込んできた。 「な、何だ。笑ってなんかいないぞ」  私はローズを置いて、サッサと洗い場に入った。  桶で湯船からお湯を汲み、体を洗い流す。  お風呂で体を洗うなど、最後の命令を受けてから何日ぶりだろうか?  振り向くと、脱衣所では元気だったローズが少し静かになっていた。 「背中、流してあげるね」  ローズが、桶にお湯を汲み、体を洗う為の長い布を桶に浸した。  そして、背中を洗い流しながら拭いてくれる。  どうも、さっきから、口数が少ない。 「体、傷だらけだね」  ローズが、私の背中を洗いながら言う。 (それで、急に静かになったのか?) 「うん。まあね」 「ここは、骨を折ったところ?」  少し出っ張った所をなぞりながら、ローズは尋ねた。 「良くわかるな。そうだよ」 「ここと、ここも。ここは、痣が残ってる」  少ししんみりし出した。  困ったな。  こういうのは、どう対処すれば……。 「……」  言葉が少なくなり、ローズの洗う手も止まった。  シクシクと泣く声が聞こえてくる。 「あの。気にしないでくれ。訓練や、受け身をし損ねて受けた傷とかだから。外で仕事をしている人は、女でも多少はあるでしょう?」  殺されそうになって切られた傷もあるなんて言ったら、大変なことになりそうなので嘘をついた。 「うん。わかっでるでど。○%×$☆♭凸×$☆(だって、女の子の体が、こんなに傷だらけなんて)×$☆♭#▲!※(ビックリしたから。)」 「え? 何言ってるのだ?」 「ごぉめん。でぼ、×$☆▲♭#▲×$(ちゃんと喋ろうとすると、こうなるの。)」 「ちょっと、分かんないってば?」  私は、体を洗う時は一人で入ろうと決意した。  お風呂の一騒動後、部屋に戻ってくると、ローズが思いつめた顔で、私の両腕を掴んできた。 「リリィちゃん! これからは、絶対幸せになってね。私、絶対応援するからね。 ね!」 「はい。わかりました」  幸せになってと言われたのは、初めてのことだ。 (体中の傷を見て取り乱したローズには困ったけれど、良い人だな) 「ローズ、ありがとう」  そう、私は、素直に答えることが出来た。   「じゃ、それは、そういうことで。その為の、その第一歩として……」    ローズの目は、先ほどとは打って変わり、目をキラキラとしながらクローゼットから服を用意して私に着せ始めた。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加