第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

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第八話 団欒(だんらん)(1)  来た時に入った部屋に戻ると、枇々木(ヒビキ)は書斎に籠って小説を書いていた。  その真剣な横顔に、少しドキッとした。  一文字一文字書いては、途中で分厚い本を開き、何か調べている。  わからない文字とかを調べているんだろうか?  少しの間、私は、その姿を見ていた。  フェイスに、背景や環境の様子などを枇々木(ヒビキ)は尋ねたりしている。  話の流れは、枇々木(ヒビキ)が決めているようだが、この世界に来て日が浅い枇々木(ヒビキ)は苦労して書いているようだ。 (あんなに苦労して、よく最初の本を書けたな)  まだ、構想中の所もあるんだろうか?  書いてある文章を丸で囲ったり、線を引っ張って繋いだり、試行錯誤しているようだ。 (まだ、書き始めていないんだな)  小説ならば、文字ばっかりのはずだ。  流石にそれは、私も知っているぞ。  枇々木(ヒビキ)は、フェイスに何か言いながら、書斎からリビングに入ってきた。  フェイスは、まだ、原稿を見直しているようだ。  枇々木(ヒビキ)が気が付いて、こちらに振り向いた。 「終わったのかい? さっぱり出来たかな? もう直ぐ、食事が……」  枇々木(ヒビキ)は、ビックリした目をして、こちらを見たまま固まった。  手にしていたペンが、ポトリと落ちた。 「ん?」  私は、思わず声を上げていた。 「ペンを落としたぞ。大事な物じゃなかったか?」 「え? あー! ありがとう。ちょっと、ドッキリして……」 「そうか」 「う、うん。そう。……。その服、似合うね」  少し、間をおいて、枇々木(ヒビキ)は、私の服装を褒めてくれた。  なんだか、嬉しそうな顔をしている。 「本当に、そうか? ヒラヒラとした部分が何かに引っ掛かりそうで、動きずらいのだが」  私は、両横のヒラヒラした部分を摘まみ、膝の上ぐらいまで上げ、枇々木(ヒビキ)にヒラヒラ揺らして見せた。 「い、いや、その服装で。戦うことはないかなぁー?」  そう言いながら、何故か、枇々木(ヒビキ)は目をそらす。 「そうなのか?」 「うん、そう。いや、でも。違う意味での戦闘服ってのも、あるかもしれないけど」 「これで戦うのか? 何と? どうやって戦うのだ?」 「えっと、それはー、そのー。女子の、戦い?」 「はい?」  ローズが、後ろから声を掛けてきた。 「あのー。私も後ろにいるんですけどぉ。そういうのは二人の時にお願い出来ますぅ?」  私の背中から、ひょいと上半身を覗かせて、ニンマリとした顔をしている。  枇々木(ヒビキ)は、慌ててペンを拾って片づける。 「えっと、そうだ。食事、食事だよ。食事にしよう」  そう言って、急いでテーブルに着く。 「ねぇ、ローズ。お前も、こんな服で戦うのか?」 「ん? うふふふふ」  ローズは答えず枇々木(ヒビキ)の方を向いて、ニコニコと笑みを浮かべながらこう言った。 「ねぇ、枇々木(ヒビキ)ぃ。後で、ちょーと話しようかぁ?」 「リリィさん、その話はその辺で、ね? それにしても、フェイスは遅いなぁ」  枇々木(ヒビキ)は、話をそらそうとする。  だが、私は気になる。 (もう少し、詳しく知りたいのだが) 「にぎやかだね」  フェイスが部屋に入って来た。 「ローズ、食事の用意が出来たようだよ。リリィさんと一緒に、キッチンへ行って声を掛けて来てくれないか? リリィさんにも、キッチンを見てもらいたい」 「わかったわ。リリィちゃん、行きましょう。少し運ぶのを手伝ってもらいたいわ」 「うん、いいぞ。運ぶだけなのか?」 「流石に短時間で作れるほど、ローズ様は万能ではない」  ローズは、胸を張って答えた。 「私も作れないから、同じだな」  フォローするつもりで、私も返した。  そんな話をしながら、二人でキッチンに向う。 「あっ! 卵があるんだ。ゆで卵にしたいな。リリィさん食べたことある?」 「あるぞ」 「作り方は?」 「それくらい、知っている」 「そう。じゃ、人数分作ってもらうこと出来る? 私は、使用人の人達とで、食事を運んでいるから」 「わかった、4個で良いのか?」 「うん、そう。じゃあ、お願いね。服汚さないように、気を付けてね」  ローズは、使用人達に声を掛け、食事を運び出した。  私は、用意されている大きめの鍋に水を入れ、お湯を沸かし始めた。  ちょうど考える時間が出来たので、ここに来てからのことを少し整理してみた。 (あの二人は、途中の街の人達とは、少し違う。振る舞い方でわかる) (枇々木(ヒビキ)とは、とても親しみ易い感じで話している) (この屋敷は、決して安い建物ではない)  ポコポコとお湯が沸いてきたので、塩をパラパラと入れて、カゴにある卵をヒョイヒョイと全部入れた。 (しかし、もう、私は暗殺者ではないのだ。これ以上、深く詮索するのはやめよう。どうしても知りたければ、本人に聞こう)  ボンヤリと考えごとをしながら、卵が茹で上がるタイミングを見ながら、コロコロと転がしていく。  茹で上がったタイミングを見計らって、ザルに取り水へ浸した。 「リリィちゃん、出来上がった?」  ローズが声を掛けてきた。 「出来たぞ。運ぶか?」 「うん。えっと、あれ? 数多くない?」 「ん? 4個以上あるな」 (作り過ぎたぞ) 「まあ、いいわ。フェイス達に、無理にでも食べてもらいましょう」 (私が作り過ぎたお蔭で、フェイスと枇々木(ヒビキ)に無理をさせてしまう)  その時、良いアイデアが浮かんだ。 「ここに来る途中で知り合った人がいる。そいつらに分けてあげたいんだが、良いか?」 「いいけど。近くなの? どこでお会いしたの?」 「枇々木(ヒビキ)達と会う前に、知り合った人だ。直ぐ近くにいると言っていたから、届けてあげたい」  詮索されるのは面倒だったので、近くの人と答えた。 「へぇ。まあいいわ。じゃ、残りは、私が運んでおくね。終わったら来てね?」 「わかった。直ぐ行く」  私は、残ったゆで卵の籠を持ち、キッチンの窓に足を掛け外に身を乗り出す。  そして、窓枠に軽くてと足をかけ、途中にある窓などの僅かな出っ張りを使ったりして、屋敷の屋上に駆け上がった。 (やっぱりここにいたな)  その背中から感じる気配。  あれは、国境にいたのと、街で感じた気配と同じだった。  いつ、何が起きても良いように構えている。  そして、周りを警戒している。 (枇々木(ヒビキ)は、監視されているのだろうか? あんな小説家に、これほどの男を? それとも……)  そんな考えごとを悶々としながら、私は声を掛けあぐねていた。  すると、その男は振り向いた。 「おや? 何時(いつ)からそこに」  少し、驚いた表情をしている。 「ゆで卵を届けに来た。少し、作り過ぎた。お裾分けだ。気にするな」 「……。そうか。では、頂こう」  私は、籠ごと渡すと、フワリと下に飛び降りた。  スカートの裾が膜れ上がらないように手を添え、くるりと回転しながらキッチンの窓枠に足を掛ける。 (やっぱり、この服のヒラヒラは、動きずらいぞ。可愛く見せる衣装だから、戦い向きじゃないぞ。これで、何の戦いをするのだ?)  足が掛かると同時に、窓枠に手を掛けて、キッチンの中に入った。  先ほどの男の怪訝(けげん)そうな顔を思い出していた。 (渡し方が、まずかったのかな? カゴで渡すのは、失礼だったか?)  次、渡すときは、気を付けよう。
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