31人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
第八話 団欒(だんらん)(1)
来た時に入った部屋に戻ると、枇々木は書斎に籠って小説を書いていた。
その真剣な横顔に、少しドキッとした。
一文字一文字書いては、途中で分厚い本を開き、何か調べている。
わからない文字とかを調べているんだろうか?
少しの間、私は、その姿を見ていた。
フェイスに、背景や環境の様子などを枇々木は尋ねたりしている。
話の流れは、枇々木が決めているようだが、この世界に来て日が浅い枇々木は苦労して書いているようだ。
(あんなに苦労して、よく最初の本を書けたな)
まだ、構想中の所もあるんだろうか?
書いてある文章を丸で囲ったり、線を引っ張って繋いだり、試行錯誤しているようだ。
(まだ、書き始めていないんだな)
小説ならば、文字ばっかりのはずだ。
流石にそれは、私も知っているぞ。
枇々木は、フェイスに何か言いながら、書斎からリビングに入ってきた。
フェイスは、まだ、原稿を見直しているようだ。
枇々木が気が付いて、こちらに振り向いた。
「終わったのかい? さっぱり出来たかな? もう直ぐ、食事が……」
枇々木は、ビックリした目をして、こちらを見たまま固まった。
手にしていたペンが、ポトリと落ちた。
「ん?」
私は、思わず声を上げていた。
「ペンを落としたぞ。大事な物じゃなかったか?」
「え? あー! ありがとう。ちょっと、ドッキリして……」
「そうか」
「う、うん。そう。……。その服、似合うね」
少し、間をおいて、枇々木は、私の服装を褒めてくれた。
なんだか、嬉しそうな顔をしている。
「本当に、そうか? ヒラヒラとした部分が何かに引っ掛かりそうで、動きずらいのだが」
私は、両横のヒラヒラした部分を摘まみ、膝の上ぐらいまで上げ、枇々木にヒラヒラ揺らして見せた。
「い、いや、その服装で。戦うことはないかなぁー?」
そう言いながら、何故か、枇々木は目をそらす。
「そうなのか?」
「うん、そう。いや、でも。違う意味での戦闘服ってのも、あるかもしれないけど」
「これで戦うのか? 何と? どうやって戦うのだ?」
「えっと、それはー、そのー。女子の、戦い?」
「はい?」
ローズが、後ろから声を掛けてきた。
「あのー。私も後ろにいるんですけどぉ。そういうのは二人の時にお願い出来ますぅ?」
私の背中から、ひょいと上半身を覗かせて、ニンマリとした顔をしている。
枇々木は、慌ててペンを拾って片づける。
「えっと、そうだ。食事、食事だよ。食事にしよう」
そう言って、急いでテーブルに着く。
「ねぇ、ローズ。お前も、こんな服で戦うのか?」
「ん? うふふふふ」
ローズは答えず枇々木の方を向いて、ニコニコと笑みを浮かべながらこう言った。
「ねぇ、枇々木ぃ。後で、ちょーと話しようかぁ?」
「リリィさん、その話はその辺で、ね? それにしても、フェイスは遅いなぁ」
枇々木は、話をそらそうとする。
だが、私は気になる。
(もう少し、詳しく知りたいのだが)
「にぎやかだね」
フェイスが部屋に入って来た。
「ローズ、食事の用意が出来たようだよ。リリィさんと一緒に、キッチンへ行って声を掛けて来てくれないか? リリィさんにも、キッチンを見てもらいたい」
「わかったわ。リリィちゃん、行きましょう。少し運ぶのを手伝ってもらいたいわ」
「うん、いいぞ。運ぶだけなのか?」
「流石に短時間で作れるほど、ローズ様は万能ではない」
ローズは、胸を張って答えた。
「私も作れないから、同じだな」
フォローするつもりで、私も返した。
そんな話をしながら、二人でキッチンに向う。
「あっ! 卵があるんだ。ゆで卵にしたいな。リリィさん食べたことある?」
「あるぞ」
「作り方は?」
「それくらい、知っている」
「そう。じゃ、人数分作ってもらうこと出来る? 私は、使用人の人達とで、食事を運んでいるから」
「わかった、4個で良いのか?」
「うん、そう。じゃあ、お願いね。服汚さないように、気を付けてね」
ローズは、使用人達に声を掛け、食事を運び出した。
私は、用意されている大きめの鍋に水を入れ、お湯を沸かし始めた。
ちょうど考える時間が出来たので、ここに来てからのことを少し整理してみた。
(あの二人は、途中の街の人達とは、少し違う。振る舞い方でわかる)
(枇々木とは、とても親しみ易い感じで話している)
(この屋敷は、決して安い建物ではない)
ポコポコとお湯が沸いてきたので、塩をパラパラと入れて、カゴにある卵をヒョイヒョイと全部入れた。
(しかし、もう、私は暗殺者ではないのだ。これ以上、深く詮索するのはやめよう。どうしても知りたければ、本人に聞こう)
ボンヤリと考えごとをしながら、卵が茹で上がるタイミングを見ながら、コロコロと転がしていく。
茹で上がったタイミングを見計らって、ザルに取り水へ浸した。
「リリィちゃん、出来上がった?」
ローズが声を掛けてきた。
「出来たぞ。運ぶか?」
「うん。えっと、あれ? 数多くない?」
「ん? 4個以上あるな」
(作り過ぎたぞ)
「まあ、いいわ。フェイス達に、無理にでも食べてもらいましょう」
(私が作り過ぎたお蔭で、フェイスと枇々木に無理をさせてしまう)
その時、良いアイデアが浮かんだ。
「ここに来る途中で知り合った人がいる。そいつらに分けてあげたいんだが、良いか?」
「いいけど。近くなの? どこでお会いしたの?」
「枇々木達と会う前に、知り合った人だ。直ぐ近くにいると言っていたから、届けてあげたい」
詮索されるのは面倒だったので、近くの人と答えた。
「へぇ。まあいいわ。じゃ、残りは、私が運んでおくね。終わったら来てね?」
「わかった。直ぐ行く」
私は、残ったゆで卵の籠を持ち、キッチンの窓に足を掛け外に身を乗り出す。
そして、窓枠に軽くてと足をかけ、途中にある窓などの僅かな出っ張りを使ったりして、屋敷の屋上に駆け上がった。
(やっぱりここにいたな)
その背中から感じる気配。
あれは、国境にいたのと、街で感じた気配と同じだった。
いつ、何が起きても良いように構えている。
そして、周りを警戒している。
(枇々木は、監視されているのだろうか? あんな小説家に、これほどの男を? それとも……)
そんな考えごとを悶々としながら、私は声を掛けあぐねていた。
すると、その男は振り向いた。
「おや? 何時からそこに」
少し、驚いた表情をしている。
「ゆで卵を届けに来た。少し、作り過ぎた。お裾分けだ。気にするな」
「……。そうか。では、頂こう」
私は、籠ごと渡すと、フワリと下に飛び降りた。
スカートの裾が膜れ上がらないように手を添え、くるりと回転しながらキッチンの窓枠に足を掛ける。
(やっぱり、この服のヒラヒラは、動きずらいぞ。可愛く見せる衣装だから、戦い向きじゃないぞ。これで、何の戦いをするのだ?)
足が掛かると同時に、窓枠に手を掛けて、キッチンの中に入った。
先ほどの男の怪訝そうな顔を思い出していた。
(渡し方が、まずかったのかな? カゴで渡すのは、失礼だったか?)
次、渡すときは、気を付けよう。
最初のコメントを投稿しよう!