第一章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(異世界からの恋文編)」

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第一章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(異世界からの恋文編)」

第一話 冥府の舞姫 「リリィ。この異世界人を消せ。この男に深く関わった者も含めて、全ての人間を」  親方様から、命令が下った。 「はい」  私は、仮面越しに親方様のお顔を拝見する。  しかし、親方様の気持ちは、いつも読み取ることが出来ない。 「その男については、これに詳しく書いてある。リリィ。これは、お前ひとりで行え。他の協力者を頼むことは認めぬ」  そう言って、その指令書を私に手渡された。  それを受け取り、再び控え直して私は次の言葉を待った。 「リリィ。これまで、ご苦労だった」 「?」  私は親方様に、その真意を確かめようと思った。  だが、それを直ぐに思いとどまった。 「……。では、行ってまいります」  私は深く一礼し、部屋を出た。 (これまで、ご苦労様……、か。いつか、このような日が来るとは思っていたが、案外早かったな)  王宮内にある転移魔法を使ったとする建物の外見を確認した。 (もう、ここに来ることはあるまい。皆、達者でな)  見終わると直ぐに異世界人の奴が追放され住み着いた街に向かった。  こいつが転移前の出来事を出版しようとしていた出版商会のあった建物を訪れたが、もぬけの殻だった。  国内に居れば足取りはつかめるはずだが追い切れなかったらしい。 (逃げるとしたら隣国だけだ。しかし、これだけの人数を?)  街へ溶け込む為に仮面を外し、衣装も着替えた。  私は、奴の住んでいるというボロ宿に向かった。 「あそこか?」  今にも壊れそうな宿だ。お金のない者達が良く泊る宿だ。 (それは、そうだろうな。本を書いて生計を立てようとしたら突然中止になり、書いた本の原稿ごと出版商会が持ち逃げしたのだから金などあるはずがない)  本と言っても我が国では、せいぜい王族・貴族達の自叙伝や武勇伝のたぐいだ。  それと、帝国の(まつりごと)の細事を記録として残すぐらいにしか活用されていない。  だが、奴の書いた本というのは、奴の来た転移元の歴史の流れを歴史小説として書いたものらしい。  初めて見る内容だったので、その小説を帝国の商会が出版しようとした。  だが、その本に帝国にとって都合の悪い禁忌が書いてあった可能性が高い。  向かいの建物の屋上に移動し、異世界人の顔を確認する。  机に向かって書き物をしているせいで確認が不十分であるが、問題ないだろう。 (若い男だな。余計なことを書かなければ、お前もこの世界で死ぬことはなかっだろう)  夜に、決行とした。  それまでは、監視を続ける。  日が暮れる前に宿の屋上に移動していた。  日が暮れ、宿の周りは静かになっていく。  異世界人のいるベランダにフワリと飛び降りる。  奴は、せっせと書き物をしていた。  ランプ使ってまで書いているようだった。 (油は安くないはずだ。そこまでして何を書いている?)  窓の外から目標の位置を確認し、ベランダの扉を開けて部屋の中に侵入した。 「ん? 誰だ?」  ようやく奴が気が付く。  私は答えず、近いて行く。  両足に付けた短剣を手に取り、剣先は下に向けて構えた。    私の剣は、変わった形状をしている。  緩やかにくの字状に湾曲し、先端の方は少し幅広くなっている。  内側は全て刃が付いているが、反っている反対側は幅広の部分のみ両刃である。  幅広くなっている為、先端部分がやや重くなっている。  この形状のお陰で、体制が崩れた状態で振りぬいても、剣先さえ当たれば楽に首を跳ねることが出来るわけである。  刃の付いていない部分では相手の剣は受けられるようになっているので、刃こぼれで対象を切れなくなることをさけることも出来る。  親方様は小柄な私の為に、この形状の剣を与えられた。   「誰だよ? 何しに来た?」  机から立ち上がり、異世界人の奴は警戒し始める。  この男と私の目の視線がぶつかる。  こいつは(ひる)む様子がない。  私は左手の剣を男の目の前へ突き出す様にし、右の剣は切り上げられるように斜め下に構える。  その間も少しずつ距離を詰める。 「まさか、僕を殺しに? 何でだ? 誰がそんなことを? この国の上の奴らか?」  男は私から目を逸らさず、質問を浴びせてくる。  しかし、私は、その言葉が終わらない内に足を踏み込む。  そして、左の剣を男の首元目掛けて突き立てた。 「う、うぁっ!」  私の剣は空を切りかわされた。 (外した? 私が?)  すぐ右の剣を相手の右脇腹から斬り上げ、逆袈裟切りに腹を切り割こうとした。 「うわぁっ!」 (また、かわされた!)  だが次は逃げ場を無くす為に、剣を十字に交わらせ、そのまま突進する!  クロスする剣の間に男の首を捉えた。  そして、両手を振り切って首を切り落とそうとした。 「くっ!」 (また、かわした?)  こんなにもかわされることは今までなかった。    私は、一呼吸おいて異世界人の奴を上から見据える。  こいつは直ぐに立ち上がって来た。  私は、両手の剣を下段に構える。  命令書には、奴は剣術に長けているとは書ていない。  しかし、あいつはかわした。  それも三度もかわした。  ありえないのだ。 「いきなり何をする! 口封じか? 何を封じるつもりなんだ!」 「……」 「剣なんかで、僕を黙らせると思っているのか? そんなことをしても、もう無駄だ!」  私を睨み返しながら言い放ってくる。 (生意気な奴め。大して強くもないくせに。偶然かわせたぐらいで調子に乗るな!)  初手で仕損じた自分への怒りで感情が高ぶっている。  剣先が震えていた。  私は、この時冷静さを失っていた。 「ペンは、剣よりも強いんだ! 刃物を向けられたぐらいで、僕は屈しない!」 (……? 何を言ってるんだ? お前は?)  相手に言いたい放題言わせている。  私は何をやっているのだ。  次の一撃は必ず仕留める。  あいつが言った言葉、  「ペンは、剣よりも強い!」  という言葉が無性に腹が立った。  今まで刃物の前に這いつくばる人間は山の様にいた。  なりふり構わず命乞いをする奴も多かった。 (こいつは異世界から来た奴だ。頭の中に虫でも湧いているんだろう。なら、こいつの言う『ペン』で望み通り殺してやろう)    あいつの机の上を見るとペン立ての中に透明な先の尖った物が見つかった。  縦にいくつも筋が入っていて薄い青色で美しくキラキラと輝いている。  ランプの光が反射していた。 (よし、あれが良いだろう)  私は、両手の剣をしまい、そのペンを右手に取った。 「なら、そのお前の言う『ペン』で殺してやろう。心配するな。こんな物でも私はお前を楽に殺してやれるぞ」  そう言い放った時、奴の目の色が突然変わった!  こいつは、私に飛び掛かってきたのだ。  そして、私の腕を掴んできた。  私の顔に思いっきり顔を近づけてきた。 「こんな物だと? それを! そのペンを、返せっ!」  私は、この男を振り切ろうとしたが失敗した。  振り払うのではなく後ろに飛び上がって床を蹴り上げたのだ。  しかし、踏み込みも甘かった。  その為こいつの重さと押してくる力に負けて斜め後ろではなく、そのままベランダまで吹っ飛んでいく。  ドンっ! と鈍い音がした。 「ぐぅぅ!」  ベランダに背中を思いっきりぶつけ激痛で息が出来なくなってしまった。  と、同時に大きな音を立てながら、そのベランダが根本から折れて壊れ倒れる。  壊れたベランダと一緒に奴と私は路上に落ちた。  そういえば、この宿はボロ宿だった。 「かはっ!」  落ちた衝撃で胸と背中に激痛が走った。  背中にも何故か物が軽くぶつかってきた。  私は、気を失わないようにするので精一杯だった。  しかし、少し落ち着くと下敷きになっているのは男の方だった。 (こいつ。いつの間に下になったのだ?) 「ぐううう……」  奴はうめき声を上げて身動きが取れないでいる。 「おい、何事だ!」  周りが騒がしくなってきた。 (見られてはまずい。引かなくては)  私は男の両手を振り払い、胸を押さえながら、そこから離れて暗闇に逃げた。
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